佐野弘翔ーSyoh Sano 制作ルポルタージュ

佐野弘翔ーSyoh Sano 制作ルポルタージュ

静岡は富士宮市の絵描き。
佐野弘翔の絵画作品や展覧会、にがおえやイベントの告知などを主に行います。お仕事の依頼なども募集しています。

2023.9.7




切り取り方。
同じ絵の部分。

角度や切り取り方によって、見え方が変わる。
場合によっては同じに見えるかもしれない。
でも、この些細な違いが面白い。

#絵画
#painting 
#アクリル画 
#アクリル絵の具 

佐野弘翔個展 ゆめひよりにほひ2022.8 ガレリアプント


兵庫県での個展の様子です。


2020年末に富士市吉原 アトリエテチさん「すばらしいせかい」というタイトルで展覧会をしました。

(携帯が破損したためデータがクラウドにあります。後ほど遡りまとめます。)


その続編となります。

「すばらしい」とは、もともと「すぼらしい」という言葉で、すぼまっていくような、みすぼらしい、という語感から、いまでいう「ヤバい」のような意味で使われていたそうです。

新型コロナが流行し当時緊急事態宣言もでていたなか、その「すぼらしさ」をなんとかよい世界に目の中に落とし込みたい、と「すばらしい」と呟きました。その中から語源を遡り、「狭いせかいの中にも美しさはある」という視点から制作を始めました。


この時から、全く対になるふたつの意味を同時に内包する瞬間が実に耽美的だと感じ、そんな作品として視覚化したいと思っています。

希望的にも絶望的にも見えたり、重くも軽くも見えたり、現実的なのにどこか夢想的だったり。


2022年夏は「ゆめ」と「にほひ」を組み合わせて、「ゆめが醒めないかのようなこの毎日」と、「鼻先からにおってくる感覚としての現実」を重ねました。

ふわりと風に香る草や雨のにおいに、幼少期を思い出すことがあります。味やにおい、感触は刹那的だからこそより現在であり、そこから思い出す走馬灯や、いつか行ってみたい場所、過去に会った人物などは儚いスクリーンの幻です。現実だけでも、夢だけでもできないことがあって、それらをまぜこぜにして生きれるのも一興であり、それがわたしのみている「絵画性」なのかもしれません。


「ゆめひよりにほひ」90×90cm
アクリル パネル

鬼、仏、夜叉。自分にもいくつもの顔があります。
ひとに言えないことも、たいそうな綺麗事も、井戸端の痴話話も。
体は私。でも、頭にはいろんな顔がぶつかってきている。
世界が救われてほしいと願った次の瞬間には誰かを恨み、そしてそんな自分を罪深く感じ、許されたいと願う。きよらな自分でいたいと妄想し、よごれちまつたかなしみに。
そんな日々です。

展覧会の様子。

当日はライブペイントも30分で行いました。
伊豆の旅行の話をしながら。

「わたしたちには希望があります。」
そんなことを呟いていました。

抽象と具象が織り混ざる世界。

お気に入りの一枚。
この後、人の手に渡りました。

帰りに、太陽の塔と国立民俗博物館を見学。
圧倒され感激、そして、なぜか自信をもらいました。

鶴林寺も見学。
さあ、何が起こるかな。

昨日は、新生活に向けて準備をする中、2022年度に福島県玉川村で「フォトスポットプロジェクト」で壁画制作をした様子を、YouTubeに掲載しました。
以下になります。


ちなみに2023/8/26~9/21、東京都港区芝公園2-3-8 大門テラスにて

福島県玉川村のための展示会をしていますが、壁画制作の様子をスライドショーにしました。ぜひ、ご覧下さい。まず一回目の旅、乙字ヶ滝。
https://youtu.be/av2p8XCMXG0?si=_7uwfFT_mVukvDRB

二回目の旅、玉川村公民館。

https://youtu.be/BDLaF4CXE84?si=GahHEDROpgdxzXS6


ここ10ヵ月の制作は「鉢」のような絵画としての制作意識を持っています。
小さな絵画一枚が、部屋ひとつに存在感を放ちまた調和させるようなもの。それはまだわたしの言葉ではうまくつたえられませんが、絵をみて納得していただけるようなものを描きたいと考えています。