大国とは多民族、多種多様な人々を束ねている国家のことです。
単一民族だけで優越感を持っている様な国家は永遠に大国にはなれない。
和中心の国家、絆中心の国家では永遠に大国にはなれない。
和とは一つになる事ではない。
真の和とは、濁も清も、善も悪も共存している社会の事を言います。
決して善だけの社会の事ではありません。
最近、世の中には、対立を煽るような言動、書物が多過ぎるのが気になります。
隣国批判が多過ぎる。
石原慎太郎氏なんかは典型ですな。
いつも人を、国を(特定の国)クサシまくっている。
その代り米国批判は一切しません・・・・。
こういうのを東洋学では小人と言います。煽ってなんぼの人。
この世の中、小人ばかりが目立ちますな・・・・。
声の大きい「煽り屋」をまたマスコミが多いに持ちあげる。
大人とは、
善も悪も束ねる事の出来る人が大人の政治家です。
善ばかり求めたら、どうなりますか。
綺麗な花ばかり追っていけばどうなりますか。
その裏には醜い、腐土が支えているのではないですか。
腐土があるから、美があるという老子の教えを今こそ
喚起すべきです。
平和とは、
善悪混在の事をいいます。つまり多様な社会です。
動乱とは、
価値観が一つになった状態の事を言います。
つまり善だけの社会、悪だけの社会の事なのです。
悪だけの社会も悪いが、善だけの社会も同じく善くないわけです。
これを偏った社会といいます。
偏りは滅びの思想です。
偏った社会は間違いなく、いずれ崩壊します。
東洋学の真髄はバランスです。中庸です。
アンバランスは死を意味します。
バランスは生を意味します。
食べ物でも、人との付き合い方でも、好き嫌いを言う人は
まだまだ小人です。大きな人物になれません。
偏った社会の一番先頭に立つのは
いつもマスコミです。
マスコミは属性として、煽りが得意です。専門と言えるかもしれません。
本来は世の中が偏り過ぎないようにするのが本分です。
マスコミの何が悪いって・・・・・・
偏見だらけです。
煽り屋に煽らせる。
報道の真理は、
事実のままを伝達することです。
こっちは善くて、こっちは悪いです式の報道は
報道とは言いません。
それは、報道集団ではなく、何らかの意図を持った攻撃集団です。
こうなってくると逆に危険集団ですな・・・。
真の東洋学は
善と悪は同価値とします。
悪があるから善がある。
悪がなければ善も無い。
それでは誰が善と悪を決めるのか。
時代と社会がその価値を決定する・・・。というのが
真の東洋なのです。
(時代と社会はある法則に従って循環します)
そしてその善と悪を調和させて、一つ高い次元で又、新しい価値を創造して
行くというのが東洋です。
その点、米国と中国はやはり大国です。
色んな民族を包み込んで一つの国家として曲がりなりにも進んでいるわけですから
やはり大国です。
その点日本や韓国は遠いですな。海なんかは誰のものでもないはず。
領土問題なんて、小さい、小さい、・・・・・。
地球から見たら点みたいな浮島で大人が争いますか。
小人は一生懸命争います。
弱腰と言われたくないと・・・・。
ああ、何と哀れか・・・・・・。
