sanjohanのブログ

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 桜の花が強い風にあおられて桜吹雪となって散って行く。花は咲いているときが美しいのは当たり前だ。しかしどの花もみな散ってしまうと汚らしく見え早く掃き集めたくなる。

 ところが桜の花だけは別格だ。「敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花」(本居宣長)とうたわれたように、咲いているときは、まさに朝日に匂ふがごとく清々しく凛とした美しさがある。また、散り際の美しさは、軍歌にあるように「見事散りましょ国のため」といった潔さの象徴でもある。さらに散っても「桜の花びらの絨毯」と表現されるように、その花びらは美しく敷き詰めら、その上をどこまでも歩きたくなる。

 若いときは花のごとく誰でも生気にあふれそれなりに美しい。しかし、散り際は? 散ってからは? 桜の花びらのように、潔く見事に散ることができるだろうか。足腰が立たなくなり身動きできず、呆けてしまい介護老人として何年も世にはばかる。散ってしまったら、残るは介護にかかった借金とガラクタのごみの山。残された家族の思い出と言えば、介護の日々の大変さのみ。そんな老後は送りたくない。

 齢70とはいえ生きている。生きている限りは「朝日に匂ふ山桜」でありたい。たとえこの身は黄昏ても「清々しく凛とした生」をまっとうしなければならない。それであってこそ、「散り際も美しく」、「散ってからもなお美しく」あるのではないだろうか。

 さあ、けふから、あさひににほふやまざくらばなをめざして。(暮無佐久良)