瞑想集中講座に♪

 

参加してきました気づき気づき

 

日本のアシュタンガヨガの

第一人者のケンクマハラさんの

瞑想に関する講座でした。

 

なんと。9:30〜13:30まで

ほとんどずっと、彼が一人でお話し

されているという感じでした(笑)

 

用意するものに

ヨガマットやヨガウェアと

書かれていましたが、

 

最初と途中に6〜7分の

横になっての瞑想に使っただけ(笑)

 

ほぼ4時間、何をお話しされたかというと

「集中」と「瞑想」の違いについて。

 

「集中」とは、

自分から何かに向けて意識を合わせに行くこと。

 

「瞑想」とは、

相手を受け入れ自分との区別がなくなること。

こちらから合わせに行くのではなくて、

対象が向こうから来るという感じ。

 

だそうです。

 

そして「瞑想」状態、いわゆる対象と一体になり

自分がいなくなるサマディになると、

疲れ知らずになるとのこと。

 

なんとなく、サマタ瞑想とヴィパッサナ瞑想の

違いと似ているかな、と思いました。

 

面白かったのが、瞑想中に足が痺れてきた時に

痛いな、苦しいな、と思って

少しずらして痛みを緩和したりすると、もっと

痛みが追いかけてくる、

 

意識したものが増大するからで、さらに

これは反発していることになるので

寿命までも縮める。

 

そうではなくて痛いな、今痺れているな。。。

と俯瞰で実況中継のように見ていると、

痛みは無くなってくる。

 

そこからが、瞑想になる。

とのことでした。

 

瞑想中の外の工事の音なども同じで

うるさいな、の反発の意識は

寿命を縮める。

 

そうでなくて、音がしているな、

ただそれだけにしておくと

そのうち気にならなくなる、

とおっしゃっていました。

 

こういう話を聞くと、

もうスピでも使い古されている

言い方ですが、

 

なんでも、調和、統合、ワンネス

なんだな〜、なんて思います。

 

瞑想後に足をほぐした時も

足をバタバタしない。

じ〜んと痛みが消えて行くのを観察して

それと一緒になるそうです。

 

トイレに行く時も、

こちらから行くのではなくて、

向こうからトイレがやってくる意識

とのこと(笑)

 

これを聞いて思ったのが、

やはりこれは右脳の能力だな、

言語や思考ではなくて

空間認知やイメージング力だな〜と。

 

私は、自他の境がなくなるという体験が

これまでに何度かありますが

やはりこれも

右脳が関係しているような気がしました。

 

なぜかというと、

いずれも、美しい景色、

いやもっと言うと、

「絶景」を見ている最中に

起こったからです。

 

言葉では説明がつかない、

今までのどの経験からも

引っ張り出してくることのできない

絶景を見ていて

 

瞬く間に自分が消えて

ただ絶景がある、

という状態になりました。

 

これも、ケンクマハラ先生のいう

瞑想状態であり、

ワンネスであり

全ては一つということなんだろうな〜と

 

またしても、いろんなところでの

経験や知識が

結びついた、そんな講座でした立ち上がる