県外の病院へ、抜糸の為行ってきました。

この日は11月の入院時、隣のベッドに入院していた子と同日同時間だったので、駅で待ち合わせをして一緒に行きました。

この子とは今でも仲良くしてるのです。
入院で友達が出来るなんて、夢にも思ってなかったw


高速バスで行く予定だったのですが、前日の14日夜に頭痛に襲われ色々不安だったので、行きは新幹線に変更して行きました。


抜糸は痛みもなく、普通に終了。
傷もしっかり塞がっていました。

先生に頭痛があること、寝込むくらい酷いことを伝えたら、薬で様子見になりました。
ロキソニンを処方してもらいましたよー。

頭痛に対して不安だと言ったら、次の診察まで待たなくていいから、と言われました。
つまり診察日を早めてもいいらしいです。

頭痛があるときに診てほしいなー。


梅雨の時季は色々憂うつ!
低気圧の影響で頭痛の回数が増えるのではないか、とドキドキです。



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頭痛い…。


おでこ付近が重くて痛い。





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昨日は母の日でしたね。


頭痛に襲われ、何も出来ませんでした。(ノД`)




頭痛は、昨日のお昼頃から。


なんだか重いなぁーと、嫌な予感。



わたしの場合、
おでこが痛くなります。



ずーんと、
漬け物石が乗ってるような重み。


しばらくすると、
ぎゅーっと頭を押されてるような痛み。


モンモンとした嫌な空気が、
頭の中いっぱいに入ってるような感覚。


視神経も痛くて、
目を開けてるのが辛かったー。



まさか、視神経に出来てたりしないよねー?泣




晩ごはんは、
少し食べて、
少し横になり、
また食べてって感じでした。


一気に食べると吐いちゃう感じがして。



少し動くとガンガンした痛みに変わるので、
晩ごはん後はずーっと横になってました。


いつのまにか寝てて、
ちょっとはすっきりしたかなー
って起きたのが、
なんと今日の午前3時!


へぁっ?!!Σ( ̄□ ̄;)
ってなりましたw



痛み止は基本飲みません。

飲んでも効いてない気がするのです。




昨日の頭痛は、
中学生の頃からある頭痛です。


小さな頃の頭痛は、
どっちかっていうと、
頭全体の痛みだった気がします。


偏頭痛はあまりしません。


いつも襲ってくる嫌な頭痛は、
おでこ付近です。




今月手術した頭皮のできものは、
頸椎の手術後からの右後頭部麻痺により、
全く痛みを感じておりません。

故に、昨日の頭痛とは無関係です。念のため。











同じ病気だと言っても、
人それぞれ症状の進み具合は違います。


発症年齢が若い人ほど、
症状が出るのは早いらしいですね。



わたしの書いたこと全てが、
同じ病気の方と共通するとは限りません。
そこはご注意いただきたいと思います。




神経の病気なので、
痛みに特徴があるかもしれません。










わたしの病気は

神経線維腫症Ⅱ型です。


母からの遺伝で、
多分生まれた頃から
この病気だったと思います。


妹がいますが、
検査をした結果、
妹には遺伝していないみたいです。


突然変異でなったりもするし、
とにかく妹だけは病気と無縁で、
元気に過ごして欲しいとおもってます。




小さい頃から頭痛がありました。

その時はまだ、
母も自分の病気を知りませんでした。


頭痛って小さい身体には堪えます。

保育園や小学校を休む度、
祖父には文句を言われてたらしいです。

直接わたしではなく、母が。



小学校3、4年の時、
成長ホルモンが出過ぎだったらしく、
それを抑えるために早退しては
病院通いしてました。


二の腕にぶっとい針がついた注射を、
何度もしました。


二の腕です。


わたしの二の腕には、
できものがあります。


看護師さんと医者に指摘され、
母は、わたしが小学3、4年の時に
その存在に初めて気がついたそうです。


それまでは虫刺されとか、
BCG接種の時の傷かな?
と思っていたらしいです。


その時くらいに、やっと、
母は自分の病気を知ったので、
不安だったらしいです。

遺伝しているのではないか、と。



頭痛があったりできものがあったり、
サボることがあっても学校には通ってたので、
あまり不安に思わないよう
母は努めてたと思います。


それでも時にやってくる頭痛に、
学校を休むことがありました。


祖父は厳しく母を責めました。

その度に、わたしは母を庇いました。


家の中は暗かったです。



母の中で何か切れたんでしょう。



祖父母と離れて生活しました。
6人家族が4人家族へ。

それがわたしが小学5年の時です。



頭痛が酷くなり始めたのは、
中学二年あたり。


かなづちで殴られてるような痛み、
微妙な吐き気、
なんでわたしがこんな目に?
何度も思いました。



離れていた祖父母とは、
この頃から少しずつ和解しました。

和解と共に、
頭痛だけでもなくなってほしかった。



この病気だと告げられたのは、
高校に入学してすぐ。

お先真っ暗。
将来が見えなくなりました。


頭痛は益々酷さを増し、
その度に何度涙したことか。

頭を殴られ、踏み潰されてるような痛み。

ただ横になっているしかなく、
何も出来なかった。



17歳で1回目のガンマナイフ。

19歳で2回目のガンマナイフ。


左耳が聴こえなくなりました。


ずーっと耳鳴りがするようになりました。
今も鳴ってますよー。
止まることはないです。

寝てるときは流石に聞こえないかな。

でも脳では聞こえてるんでしょうね。




20歳の時、首元に卵大の腫瘍ができました。

中ではなく、外です。

なのに、気付きませんでした。


その頃母の中で、
首筋マッサージなるものが流行ってました。


あなたもやりなさいと言われてました。

素直に従っておけばよかったです。

まだ若いし、わたしはいい、
とやりませんでした。


21歳の時、
肩が重くなった気がして、
首筋マッサージをやってみました。


その時、腫瘍の存在に気付き、
次の日には土曜日でしたが大学病院へ。

首のできものに針を刺し、
腫瘍を少し抜き取り検体へ。


良性でした。


出来た場所が場所だったので、
医師は、甲状腺腫瘍だと言いました。


手術は出来ればやりたくなかった。

これが初めての外科手術だったし、
身体にメスを入れるのは抵抗があったし。


しかし、
息できなくなるよ?
と脅されまくったので、覚悟しました。

色んな覚悟しました。

初めての全身麻酔。
よりによって首だし。
医者若いし…。

死ぬと思いました。
大袈裟ですね。
いつもそうなんです、わたし。



手術後、
甲状腺腫瘍と言われたものは、
この病気で出来た腫瘍だと判明しました。


この手術が21歳の2月の時です。




21歳の4月9日、
県外の大学病院で、
脊髄に出来た腫瘍の切除手術をしました。

なんて語呂の悪い日に手術なんだ、
と嘆きました。


術後一週間は絶対安静の中、
術後三日目で起きた地震に驚き、
動いてしまいました。


動いたことによって、
髄液が漏れるという惨事。

午前2時に、
麻酔があまり効いてない中傷口を縫うという、
なんとも強烈な思い出が残ってしまいました。


その後も2、3度ほど漏れ、
熱が40°Cも出て3日間うなされ。



絶対安静と言われたら、
どんなことがあっても動いてはいけない、
と教訓になりましたとさ。




27歳の時、
色んなことを学んだこの病院で、
頸椎の腫瘍切除手術。

これは、昨年の出来事ですね。


頸椎の腫瘍は、
全てきれいさっぱり取れてはいません。
取れるヵ所だけ取っていただきました。



そうそう、
喉に新たな腫瘍が出来たと判明したのは、
この時でした。

飲み込みづらくなり、
食事が怖くなってしまったので、
調べていただいたんですね。


これは大きくなっても、
気道はふさがないらしいです。

が、不安です。


いづれ手術することになるんでしょうね。




そして!
今年5月、頭皮のできもの切除!

実は、まだあるんですよね、頭皮に。
しかし小さ過ぎるので触れてもらってません。


手術したところは来週抜糸してきますー!




これが、
今日まで歩んできたわたしの病気人生です。