昔、10年程東京にいた。
今は地元の大分に帰ってるけど東京にいた頃のたくさんの思い出が今でも何気無い日常の中で結構な頻度で頭に浮かぶ…
東京時代に自分がリスペクトし刺激を受け同じ男として格好いいなと思う人が仕事のジャンルや人間のタイプは違うが5人いる。約10年間いたから考え方だけど自分の中では5人は少ない様な気がする😅たくさんの人には出会っているのにね…
だからこそ、5人は自分にとって凄く大切な人達だ✨
今回はその中の1人との思い出を振り返ってみる。
その人は昔、自分がバイトでホストを始めてすぐの頃にそこの社長の知り合いの関係ということで鳴り物入りで入った何もわからないたいしてやる気の無い自分の教育係の人だ。とりあえずTさんとしよう。その人の最初のイメージは凄くしっかりしていて年齢は後に知ったけど少し下だった😅
だけど、そんな事を微塵も感じさせない程、冷静に状況判断をしていて社長達からの信頼もかなりあったと思う。
正直、始めてすぐの頃は馴れてないから仕事があまり楽しくなくてすぐに辞めようと思っていた😅
そんな自分のだらけた気持ちなど関係無くT さんは時に厳しくそして悩みがあれば気にして聞いてくれた。そしてたまに一緒に記憶が無くなるくらいにテンション高くしてはしゃいで飲んでくれた😃懐かしい🎵
今、改めて思うけど人生において当たり前なんだけど出会いと別れがある。
半ば勢いで始めたバイトだったけど不思議と辞める時には何故だか寂しくて泣いていた😅同じ釜の飯を食べる感じに近くてトータルで精神的にも身体的にもやはりキツかったからその分、部活に近い仲間意識が強くなったんだと思う。
あんなに辞めたかったのに不思議だ…今もそうだけど仕事は内容も大事だけど続けて行くなら絶対と言っても過言では無いくらいに人間関係が凄く大きいなって実感する💧
だから、続けられてたのはT さんがフォローしてくれたからだとずっと確信している。自分が辞める時に泣いてくれたのは一生忘れないだろう。
T さんとは辞めた後も関係は少し変わったが連絡をたまにとってはフットサルをしたり食事をしたりしていた。それから何年かして携帯を落として連絡が出来なくなってその頃、親から地元に帰って来て欲しいと頼まれていて決心して久しぶりに自分が大分に帰ってから12年過ぎて13年目に差し掛かる頃にたまたま連絡を取れる様になった時に突然…電話で話している時にこんな風に言ってきた。
明るく自分が癌になった事、その事を淡々と…
ショックだった😢
心配かけないように明るく話してるのが逆にキツかった(涙)本人もある程度話したらやはり動揺していたし不安が伝わった。辛かっただろう…聞いた時に何も出来ない自分の力の無さに正直、情けなさが涙とともにこみ上げた…
日は過ぎて…オペは無事に終わったみたいだけどまだまだ今後の不安はあるらしい正直、心配だ。
今はカメラマンをしていて日々アクティブに過ごしてるみたいだけど人生楽しまなくちゃダメだよ!!と背中で教えてもらってる気がする😅あのとき、自分の教育係になって頂いた縁が今も続いていて常に励ましてくれている感じがする。
感謝しかない✨命ある限り自分も含めて好きな事に全力投球出来る男は結局のところめちゃくちゃ格好いいと思う✊✨T さんこの場を借りて今後も引き続き最強な応援📣宜しくお願いします🙏あの頃と変わらない後輩より(笑)🐵🐵🐵
さぁ明日はどんな出逢いがあるかなー🐒✨