2月8日
おかん、誕生日。
おめでと。
ホントに。
時にメンドクサイ人です

家族に対して
娘たちに対して
なんだかんだ
ストレートではないけど
愛情いっぱいな人
一時はどうなることかと思ったけど(笑)
孫たちがかわいくてかわいくて仕方なくてしょうがないのよね
子供の頃は何かと厳しかったけど
今となっては有り難く思います
自分のことは自分でしなさいと
当時は『させられた』
今では『させてもらえた』
おかげで大人になってそんな困らなかった
小学生の頃
毎週ピアノのレッスンに行ってた
時間が決まってないので早いもの順
真っ暗になって帰宅するのはしょっちゅう
ランドセル背負って夜道を歩いて帰る
母は心配してやきもきすることもなく
どうでもいいのかなと思ったりした子供心
正直母親と同じ目線で話したり
何かを相談したりってなかった子供の頃
高校出て初めて家を出て
何かにつけて母へ電話した
料理の作り方や学校のこと、友達のこと
何を話しても うんうんと聞いてくれた
返事はないけど、たまに手紙も書いてみた
よく言う話ですが
離れて初めてわかる
存在の有り難さ
外へ出させてもらって
本当に感謝です
社会人になって
嬉しくて毎日毎晩遊び通す日々
平日徹夜で遊んで朝帰りして
そのまま仕事に行くことなんて当たり前
ほとんど家に居なかったし
居ても寝に帰ってるくらい
それでも全く文句のひとつもなく
怒られたこともない
友達に
お父さんお母さんはばっちのこと信頼してるから何も言わないんだろうね
心配だけど信じてるんだよ、と言われ
かなり泣けたことがあります
でもあそぶ…親不孝娘_| ̄|○
中学受験のときも
高校受験のときも
あんたはがんばればできるんだからやんなさぃ
と言われました
期待に応えられなかったのを子供なりに悔やんでます
仕事を辞めて海外放浪の旅に出ると告げたとき
案の定怒られた
あんなに苦労して入れた会社なのにと
行ってどうするんだと
でも結局、
あんたは言い出したら聞かんけーな
行ってきんさい
と
笑顔で送り出してくれた
必ず連絡するようにと言われ
心配かけてるんだなってやっと気付いた
毎週電話しました
25で見合いしたとき
いろんなことでひどい喧嘩になり
ずーっと顔も合わせず話もしない日々。
お互い意地っ張り。
母は
娘を嫁にやるのが親の一番のつとめなんだと
大真面目な顔で言いました
私は自分が結婚するとき
自分が大好きな秋桜を母へ贈ろうと
ずっと思ってました
改めてそうしようと思ったのがこの頃
朝から晩までよく働きます
いつも父の帰りを待ってます
旅番組を見て出かけた気分になってます
みなとみらいの映像が映るたびに、ここ、行った

と、嬉しそうに言います
母へ
普段素直に言えません
ありがとう
いつも感謝してます
やっぱり親不孝娘のままで終わるかもしれません
親のつとめを果たせてもらえないかもしれません
秋桜を贈る時は来ないかもしれません
母の期待にひとつとして応えることが出来ず
申し訳なく
…

まあいいじゃないか

そしたら
別の親孝行考えるわ~


てなわけで
ケーキにロウソクつけて
わざわざ
はっぴばーすでーつーゆー

って
歌って差し上げたわよ(^^)v
そしたら嬉しげに
ふーってロウソクの火を消して
めっちゃドヤ顔しよった

やっぱり私はこの人の娘だ、と思う瞬間その①
ヽ(^。^)丿
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