2016年1月14日 8時間を超える開腹手術を終え、2月1日に退院してから今日で10年が経ちました。


 術後余命は3年


そんな宣告をされてはいましたが、体温を36.4度以下にしないようにしながら、よく笑い・抗がん作用のある物を続け、目で見て心を癒されながら、分子標的薬スーテントに始まり→分子標的薬インライタを経て、免疫チェックポイント阻害剤オプジーボにて現在に至ります。


何年経っても忘れられないのは、手術当日の朝陽が登り始めた病室からの風景。

横浜市立大学附属病院 泌尿器科8-1病棟からの景色。


そして、

術後初めてとなる1番辛い出来事は、傷の痛みではなく。



この食ッテロメニュー

まぁ今思えば、食べるのではなく....


美味しそうに見せかけて、唾液を発生させ

口に含み“生臭さ”で胃液を逆流させ

リバースさせる狙いがあったかどーか(笑)


しかし、

この日から4日間くらいは何も食べれず。

《食べても吐きもどす》


術後初めて食べたのは、母親が持ってきてくれたリンゴ、摺り下ろしではなく、2分の1(笑)

あの美味さはいまだに忘れられません。


手術入院は、1月12日〜2月1日迄の21日間。


10年のがん治療の中で、抗がん剤治療が始まったのは術後退院した後から5カ月間の経過観察。


6月に受けたPET-CTで肺に残った転移が増大を確認。


7月

分子標的薬スーテント 観察入院

入院期間中、1日3カプセルを18日間続けた結果、肝臓の数値が危険な数値になり服用中止。

2週間何もせずただただ数値が下がるのを待ち、好中球が下がり過ぎた為、免疫爆上げのグランシリンジを投与され3日後に退院。

入院期間32日間


退院後は、スーテント2カプセルを2週間服用後1週間の休薬。

スーテントの副作用では手足症候群がありましたが、独自の攻略法を編み出し攻略。


しかし、翌年10月下旬に脳転移3cmを確認。


横浜労災病院にてガンマナイフを受け迎撃。

分子標的薬スーテント終了。


2017年12月より

分子標的薬インライタへ変薬。

1日1mg×6錠 〈朝3錠 夜3錠〉

インライタの副作用は、色々滝汗



❷の血圧は







こんな感じ。

で、血圧外来を紹介してもらい血圧は安定するも、激しいGP〈下痢ピー〉に悩まされ、脱水で救急搬送されたりしながら

インライタの副作用の辛さから主治医と相談し途中インライタ服用を1カ月1mg減薬。

《朝3錠  夜2錠》だった1mg減薬しただけで副作用が改善されてしまい、調子に乗って半年くらいやらかした結果。

2019年 12月検査にて

リンパ節 膵帯部 肝臓 転移 発覚。


だった1mgサボったばっかりに転移がバンバン再発。


普通なら変薬と言われますが、とりあえず3カ月間6mgの服用スタイルに戻して経過観察。


結果、減少。


やっぱり

楽したらだめなんですね!

命懸けですが勉強になりました。


が、そのインライタも脱水症状で辛くなり、2020年9月9日に分子標的薬インライタをストップ。

ストップに至る大きな理由は、急性心筋梗塞と極度の脱水症状。


2020年9月23日

免疫チェックポイント阻害剤

ニポルマブ〈オプジーボ〉開始


9月16日 PET-CT。

9月22日 観察入院。

9月23日 

免疫チェックポイント阻害剤 オプジーボ 投与。

9月24日 背中の痛みから発熱。

9月25日 背中の痛みも熱も下がり退院。

10月22日 PET-CT


10月22日のPET-CTで分かった事。


11月4日の診察日までに計4回投与されたオプジーボ ですが、たった4回の投与で、リンパ節は2cm減退・膵帯部や肝臓の転移は全て消滅。

肺の転移はじわじわ減少。

オプジーボが効いてる証明。


この日から1年は240mgのオプジーボを2週間毎に投与。


2021年7月からWでオプジーボ 480mgを投与で、月一へ。


さらに主治医の中井川先生が、横浜市立大学附属病院 泌尿器科から、神奈川県立がんセンター 泌尿器科へ移動すると分かり、自分もついて行く事に。



がんの治療以外では、2024年に胆管に管入れるERCPを受け、後に胆嚢全摘手術を受けたくらい。


で現在、2026年2月4日です。

発覚治療開始から

10年

経ちましたが。


2026年2月4日の通院は、2月3日に受けた絶狭絶食アトラクション節分CTの結果発表もあり







全く異常なし!引き続きオプジーボ 480mgは継続です。


まだまだ10年を超えてもオプジーボの投与はつづきます。


ありがとうございます