こんにちは!アロマセラピストの ひとみです♫
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あ、もう11年も前の写真です。長女を産んでから、初めて起き上がって抱っこしたとき。
先日は婦人科へ、半年に一度の、検査の結果を聞きに行きました。
今回、血液検査の結果も良くなっていて、肝機能も問題なく、飲んでる薬も続けられそうで。
ラッキーなら小さくなるかもと言われていた、切除寸前サイズの卵巣膿腫も、少し小さくなっていて、とてもホッとして。
やれやれと入ったトイレで、ふと、大病院で産婦人科の看護師をしていた友人の言葉を思い出しました。
彼女とその話をしたのは、もう14年も前になるのだけど、就職して3年が経ち、仕事にも慣れてきた頃、産婦人科はお産の状況によって、お休みが返上になったり、急に休んでと言われたり、36時間労働が月に何度もあったりして、働き方に不満があり、先輩とぶつかった彼女。
きっとその先輩も、何か理性を失うほどの辛い思いがあったのだろうと今は思うのだけど、
「あなたの代わりなんて、いくらでもいるんだから、不満があるなら出ていきなさいよ!」
と、彼女に言い放ったとのことでした。
そんな過酷な働き方をしないと、回っていかないような職場にとって、一人前に仕事を任せられ、新人のフォローまでしていた彼女が、いなくていいわけがないのに。
代わりなんて、勤まる人なんかいないよ!
なのに、もうすっかり余裕をなくした彼女には、そんなことはもう見えていなくて、やめるか・我慢するか、の2択しかないと思い込んでいたの。
彼女は私に、涙ながらに打ち明けてくれて、
「そのことが忘れられなくて、本当に産婦人科という場所は大好きだけど、自分なんて替えがいくらでもきく、ただの看護師の一人に過ぎないのだから、あの病院にいなくてもいいんだと思う。つらくてたまらない。もう、看護師をやめたい」
と。
休みもせずコツコツ努力してとった看護師の資格や、積み重ねてきた実践経験を手放したいとまで、本気で考えていました。
高校時代、寮生活をする中で、一番近くでずっと努力を欠かさない姿を見てきた彼女には、一番して欲しくない選択だなと、心の中で思っていたの。
基本的に、とても真剣に悩んでいる人には、私はアドバイスも意見もほとんどしません。
でも、本当は、大好きな職場で、笑顔で赤ちゃんを迎えて、お母さんのお世話をして、笑顔で退院を見送る、幸せなお仕事を続けて欲しいとは思っていました。
これまでに私は、精神が崩壊するほどの、辛い病気「大うつ病」にも繰り返しかかってきたし、それとのお付き合いも、今はとても上手にできるようになっていると自負しています。
そのことを知っている何人もの友人たちは、本当に死んでしまいたいくらいつらい時、突然相談してきてくれるのです。
誰にも言えない、親にさえ伝えられない、親に伝えたけれど隠すことを強いられた、と追い込まれた、彼女たちの最後の砦になれたことは、私の病気とのお付き合いの10年ほどは無駄ではなかったなと、思っています。
このことを思い出して、最近のプライベートのつらいことを思い出したり、お仕事のことで、自分はどんな人にどうなってもらえる働きができるだろうか、とか、いっぺんにそれぞれが湧き上がってきて、1つの線上に並んだのです。
・・・私は、必要とされていない。
・・・代わりなんて、いくらでもいるんだよ。
・・・私は、大勢のうちの一人に過ぎない。
・・・別に私じゃなくても、同じことできる人くらい五万といるし。
人からの扱いによって、そんな風に、受け取り、思ってしまうこと。
それが人にとって、自分という存在の根幹が揺らぐような、強烈な不安になる。
結局、人からされたことを、自分がどう受け止め、感じるかにかかっているんだけど。
でも、そう感じざるを得ない状況って、生きていれば巡ってくる。
こういうのを
『自尊心を傷つけられる』
っていうのだと思う。
こんな時、私の場合、今なら、私を唯一無二の存在として、必要としてくれる人を探すことであったり、自分をそういう存在にするために、学びに偏ってインプットしまくったりする。
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アウトプットがおろそかになってることは、否めません・・・自分の価値が信じられなくて、不安だから、出すのも怖かったりするのです。
でも、自分の価値を求めている人と出会うには、アウトプットを思い切りやらなきゃね!
そうやって、もがくことができるうちは、まだ大丈夫。
同じ場所に踏みとどまって、
「自分はどうせこんなもんだし、別に、このままでいいんだ。どうせどこに行っても同じなんだし、今いる場所があるだけマシ」と、自分で自分をいじめながら、本当は必要とされたい気持ちを殺しながら、息を潜めて暮らすことは、本当に辛すぎると思います。
「あなたの代わりなんて、いくらでもいるのよ」
そんな風に人に言われても、扱われても、どこかでは
「いや、私をただ一人の存在として必要としてくれる人は、必ずいるんだ!」
って、信じているからこそ、そういう相手を見つけたいと思うのだし、自分にもそんな価値があると実感したくて、自分を試してみたり、もがいてみたりするのよね。
「消えて無くなりたい」
何度思ったか分からないけれど、1つ言えることは、思っているときは確かに、本当に消えて無くなりたいし、昨日死ななかったことを、本気で後悔する毎日を送っている。
でも。でも。。。
それは、本当は
「自分が唯一無二の、存在価値のある人間だ」と自分で認めたい、でも認めきれない、という、胸が潰れて、死んでしまいそうに痛むほどの、強烈な葛藤から生まれる感情だと思うのです。
自己肯定感と、自己否定感のせめぎ合い。
一人の胸の内で、大変な衝突が起こってしまっている。
これってつまり、
「自分の価値を信じて、生きたいんだ!」
という潜在意識の裏返し。
(当の本人は、微塵も思ってないので、そう言葉で言われても分からないし、響きません。難しいところ。)
長女がいかに小さかったかが、よく分かる。臨月に2日足りず、早産だったのです。
私の場合は、鬱の収束はあっけなくて、
長女が生まれたとき、
「自分は、
この子を産むために生まれて、
今日まで生きてきた」
「生きて、この子を見ていられる
最後の瞬間まで見届けたい」
と強く強く思いました。
自分の存在価値を自覚できた、初めての経験でした。
そこから本当に一度も鬱は再発なく、自分は何のために生まれてきたんだろう、とか思うこともなくなって、いつもいつも子どもたちの存在に支えられ、救われて生きてきました。
自分が子どもたちに、命をかけて一番伝えたい、与えたいものは何かと聞かれたら、
「自尊心」
と、今の私は答えます。
自分を唯一無二の価値のある存在だと、自分自身で自覚して認めること。
これは本当に、一朝一夕で伝えられるものではなくて、毎日の生活の中での関わり方や、日々の私自身の行いの中から感じて受け取ってもらうしかないのかなと思っています。
まずは自分が、その伝えたい『自尊心』を持ち合わせていないとね。
私自身は、育ってきた環境の中で、自尊心はいつでもボロボロで、か弱くて。
10歳にもならないうちから、死ぬということへの希望というか、すぐそばにある感覚を持ち合わせていて、生きることへの意欲の無さは、今にしてみれば、もったいない子ども時代を過ごしてきたな、という印象です。
兄弟も多くて、手をかけてもらうことも、目をかけてもらった実感もなく、親からは見放されている、愛されてない、自分がいなければみんな平和で、助かるんだ。と信じ、感じながら育ってきてしまったために、とても生きることが難しい人間でした。
信じられるものが、自分だけ。
そりゃあ、折れますよ。
安心や愛着、信頼といった支えのない、未熟な子どもの精神なんて。
よくそんな自分が寮に入ったな、って今なら思います。
私の自尊心を一番傷つけてくる存在であった親から、1秒でも早く離れたかったから、家から出ることへの憧れは大きかったなぁ。
家出より健全でしょ^^
それまでは、たまに夕方とかに、こっそり山ごもりしてましたが。人に頼らない、マイクロ家出。
実家の裏山にあった、けもの道の奥の、イノシシの放棄したねぐらで、一人の静かな時間を満喫していたの。
となりのトトロのメイが、トトロに出会ったあと一人で寝ていた、あんな場所です。
まあ、正直だいぶ変わった子ですが、自分に正直なんだな、今も大して変わんないなって思います。
そんな中でも、プロテスタント系キリスト教のミッションスクールである母校で、「あなたには生きる価値がある」というメッセージを、毎日毎日シャワーのように浴び続け、
自分のために祈ってくれる恩師や友達とも出会い、自分もその人のために祈りたいと行動できる、心寄せる仲間ができたことが、自分の本当に切れてしまいそうだった命の火を、一番切れかかっていた、すんでのところで繋いでくれたのでした。
今、私と性格も見た目も生き写しみたいにそっくりの長女が、中学から母校への入学を希望しています。
私の母だけが、「でも・だって・どうせ」と反対口調で長女を困らせていますが、私も、今の担任の先生も、お世話になった母校の恩師たちも、
「たった10歳で、周囲の意見ではなく、自分の意思で、自分の居たい場所を見つけて、そこに身を置き、自分を開花させるために何をすれば良いか、と直感で感じ取り、即行動できるこの子は、本当に素晴らしい子」
と背中を押してくださっています。
3人3様で、それぞれ難しいところもある子どもたち。
だけど、全部をハグで受け止めて、背中を押して家から送り出せる、信じているから安心して見送れる。
気持ちよく「いってきます!」「いってらっしゃい!」が言い合える。
そんな関係ができていることを、何より誇りに思っているし、こうしてたくさんの人たちに、信頼され、守られ、支えられていることを実感できる環境で、自分の価値を自分で信じられる、生きる力のある人間に育って欲しいと願っています。
死ぬほど辛い時間は、無駄ではなかったし、自分の価値を引き上げてくれたけれど、やっぱり進んで経験させたいものではないね。
本当に必要な経験をするようになってるものなんだな、って、最近いろんなことから感じます。
無駄な経験とか、ないんだね。
1枚目は長女を出産後、3時間の安静時間が済んで、起き上がって最初に抱っこした時の写真。
陣痛の度に長女の心拍が下がったり途切れたり。
本当に肝をつぶしたお産でしたが、元気に健康に生まれました。
自分も生まれ直したような、そんな経験。