遡ること1か月ほど前、市内の楽器店で貸練習室を利用した折にたまたま目にとまったフライヤー。演奏者の名前に見覚えがあった。確かこのピアニストさん、私が大学時代に所属していたピアノサークルのOGさんが師事されている方。演目はオール・ベートーヴェンで「ハンマークラヴィーア」と後期三大ソナタ…おぉ、これは決まりだわ、とその場で即決した。ちょうどその頃、生活支援&地域経済活性化という趣旨で市内の登録店で使える「市民商品券」なるものが全住民に配布されており、この楽器店も登録店なので身銭を切らずにチケットを手に入れたのだった。

 

時季柄やらなければならない仕事は山積みになっているが、家業のほうはどれだけ働いたとて自分には1円も入らない(ほとんど何もしていないとはいえ事業主は夫で、パートをかけもちしている家族に専従者給与はつけられないから)わけで、たまには好き勝手させてもらわないとやってられない。業務放棄して市の奢りで遊興(笑)、なんていう日があってもいいじゃないか、ということで今日はいそいそとコンサートに出かけたのだった。

 

前半の「ハンマークラヴィーア」。聴いてるうちに心拍数と呼吸数がどんどん上がってきたので「うわぁ…」とは思っていた。演奏が終了して休憩時間に入ったので混む前にお手洗いに行こうとしたら…あれ? 立てない…? そのまま2分ぐらい椅子から動けなかった。聴くのにここまで体力使うことって、そうそうあるもんじゃない。

 

そして後半。演奏前に「後期三大ソナタは神格化されすぎているような気がするが、むしろ人の領域の音楽ではないかと思う」といったようなコメントがあったが、これはとても共感できた(ベートーヴェンに限らず、もちろん音楽にも限らず、過剰な神格化って大嫌いなので)。「ハンマークラヴィーア」の時とは対照的に、聴き進むにつれてじわじわ沁みてくる感じ。何だろう。癒されるとか、そういうのとは違うんだけど、心と体に浸透してくるの。標準的な演奏よりだいぶ遅いテンポ設定の第32番の終楽章がとりわけ印象的だった。はー。耳福だったなぁ。

 

休憩時間中、ロビーで上記のOGさんによく似た女性を見かけた。在学期間がずれていた(同年にそれぞれ卒業・入学だった)ため、OG会だか先生のお宅での会だかで多分1回2回はお会いしているはず?程度の関係性で、記憶にあるお顔は以前ブログで拝見したお写真のみ、そっくりだとは思うけれど、本当にその方なのかどうか今ひとつ確信は持てず、「お弟子さんとはいえ、まさかこんなところまで来たりはしないのでは?…いや、でも、日帰りできる距離だし完全にありえないってこともないか…」と、かなり逡巡したのだが、気になって後半集中して聴けなくなったら嫌だし、確かめずに終わってしまったら後々までずっと後悔しそうな気がするし、違ってたら違ってたで「人違いでした。大変失礼いたしました」で済む話だ、と意を決してお声がけしてみた。結果は大正解。ご本人だった。

 

いつもはろくに見もせずに通りすぎるのに、というか今回も素通りしようとしていたのに、なぜか目を引いたフライヤー。いくら実質タダになるからといって、三大ソナタでも後期じゃなくて「悲愴・月光・熱情」のほうだったならば、私はおそらく行こうとは思わなかっただろう。食指が動いたのはこの演目だったからこそ。そして、もし会場で私が気がつかなかったらそれまでだった。複数の偶然が重なって実現した再会…何かの縁なのか、それとも、夫の病気で生活が一変して継続が難しくなってもなお、細々とでもピアノにしがみついていたご褒美かな。