“一家に一人・思考の学校”・倖せのおすそ分けの時間となりました。

 

思考の学校、認定講師・さんちゃんです。

 

ご無沙汰致しております。

 

やっぱり関西弁で思考を語るのがしっくりするなぁと

 

最近の宮益校長の動画を見ながら再認識してます。

 

ねえ、あれ、見た? 

 

あれよ、あれ。

 

あの神戸のおっもしろいカウンセラー平さんとの対談。

 

笑えるよ〜、どれも。

 

 

 

 

では、ここで私の長年の課題 

 

[何でいっつも同じなん?]  

 

相手は違ってもいつも似たような気まずいことが起きる

 

 

『それは、自分と相手を切り離してるからよ〜』

 

『せっかく潜在意識が”これこれ””ここに気付けんねんで”と

 

教えてくれてるのに、無視するからやんか』

 

何度も思考の学校や鏡の法則なんかで言われている

 

イラつくこと、嫌な人は自己投影・私のこと。


 

「これでもか〜!」と何度も誰かを通して

 

教えてくれているのに

 

絶対に認めたくない。

 

 

 

『何でアレが私やねん』

私はあんなイケズちゃいます。

 

『そんなんちゃうわ』

思考の仕組み知ってます、習ってんねんで〜。

 

『嫌やな〜』

面倒くさ。あんな人と私が同じわけないやんか〜。

 

これが私の定番回答。何回同じことを教わっても同じ返事。

 

大声では言えないが、

 

数年前までは我が家でブイブイ飛んでたハエには

 

いつも”例のあの人”

 

名前がついてた。

 

そうですね、ハエを叩き落とすときに、

 

「こら、XXXあっち行き!!」みたいなことさ。

 

通常は私が一人で台所のあたりをうろうろしているので

 

声に出そうが心の中で叫ぼうが気にしてなかったけど、

 

ある夏の午後、息子がそばに座っていることに気付かず

 

いつもの名前をつけてハエを追っ払った。

 

「あっ、しもた〜(しまったという意味)」

 

「ちょっと、息子の前で恥ずかしいな〜」

 

後の祭り。ということで、それ以来ハエも

 

私の一部として寿命を何処かで全うしている。

 

 

ただし、私の羞恥心のおかげでハエが

 

ハエ人生を満喫できているのではなく、

 

名前を提供してくれてた”あの人”に対する

 

私の憎悪感が激減し、”ありがとう”とすんなり

 

思えるようになったから。

 

 

 

 

ここでは軽〜く書いてますが、

 

約3年近く

 

ああでもない、こうでもないと

 

思考の仕組みを素直に受け入れずに

 

学術論文で組み直そうとして

 

長〜い時間をかけて

 

『いっつも同じやんか〜』から

 

ようやく脱出しようとしてます。

 

とかげとかげとかげとかげとかげとかげとかげ

 

あなただけにしかできない

 

あなただから出来る

 

あなたの”いっつも同じ”からの脱出、

 

トライしてみませんか?

 

7月には関西でオフライン会を

 

開催する予定です。

 

思考の仲間を創る第一歩、いらして下さいね。

 

では、また!