本日は休日でしたね。

今まで11回にわたりいろいろなソースから「日本人はどこから来たか」を

素人なりに調べてまとめてきました。

 

それでなんとなくの結論には至ったような気がしますが、

ここで少しオカルトチックな「日ユ同祖論」について取り上げようと思います。

 

かなりざっくりいうと、日本人の祖先はユダヤ人!というもの。

Wikipediaですでにかなり情報過多なのでまずはざっとお読みください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%83%A6%E5%90%8C%E7%A5%96%E8%AB%96

 

 

ちょっと前まで、この手の情報をそのままうのみにしていましたが、

本ブログを11回書いたためある程度考察して読むことができました。

私がポイントだと思ったのは下記3点です。

 

①ユダヤ人が来たとするといつきたか?

 「北王国は紀元前722年アッシリアにより滅ぼされ、10支族のうち指導者層は虜囚としてアッシリアに連行された。

この10支族の行方は文書に残されていないため、2部族によって「失われた10支族」と呼ばれた。アッシリアに征服された後、

信仰を深めるため、信仰を邪魔されない場所に移るとして、消息不明になったとされる(エズラ第4書13:39〜47)。」

→紀元前722年以降ですね。

  その後各地を転々として最後に行きついたのが日本、と考えるとつながるかも。

  ユダヤ人が日本に定着したのが仮に紀元前7世紀辺りだとします。

  WIkipediaのいう通り皇室神道、神道そして言葉に影響を与えたとすると

  南九州(日向など)に到着→天孫族になにかしらの影響を与えた??

→Wikipediaの後半に「秦氏は第15代応神天皇のときに、大陸から渡来して、この時10万(19万ともいわれている・諸説あり)も

 の人々が日本に帰化したと伝えられている。その一部は大和葛城に、多くは山城に住んだのだが、雄略天皇5世紀半ば)の

 時に、京都の太秦(ウズマサ)の地に定住するようになったという。」とあり、秦氏が最初の来日したユダヤ人ではないか

 と記載がありますが、これだとアッシリアに滅ぼされてから時間がたちすぎ&神道にそこまで影響を及ぼせるか、

 と考えるとちょっと遅すぎる気がします。

 

②分子人類学の見地

「しかしながら、アシュケナージユダヤ人コーヘン[要曖昧さ回避]ラインと呼ばれるユダヤ人などの大多数のユダヤ人や、中東、古代オリエントなどに多いY染色体はEグループではなく、Jグループの方が圧倒的に多数である。次点で全コーカソイド系共通のハプログループRも中頻度に見られ、ほとんどのユダヤ人においてハプログループEは低頻度に過ぎない。J1を持つアシュケナージユダヤ人は15〜20%、J1を持つコーヘンの系譜のユダヤ人は45%とされる。Jグループは大陸を通じ日本列島近辺に来ていた形跡が伺えるが、現在において、日本人に対するY染色体の調査でJグループに属する人は見つかっておらず、Jに比較的近縁な日本の系統はDよりも中国大陸朝鮮半島とも共通のハプログループOである。」

 

 「分子人類学的調査として、ミトコンドリアDNAハプログループやJCウイルスゲノタイプを用いた調査も、現代日本人を対象として行なわれているが、これらに依ると、日本人の1-2%に白人系遺伝子が存在している可能性が示唆されている[42][43][44]。その一つ、JCウイルスゲノタイプの調査によると、日本人(北海道を除く)の約2%に白人系JCウイルスゲノタイプが見られ、この日本人の白人系JCウイルスゲノタイプと、ヨーロッパに見られる白人系JCウイルスゲノタイプは、1-2万年前(もう少し前後する可能性もある[45])に分化したと推測されている。」

 

→これ、かなり混乱します。

 ミトコンドリアDNA上は白人系の遺伝子が存在している でもY染色体ではつながりがない!?

 当初考えたのは、10氏族のうち主に男性が日本列島に上陸し、その後文化や言葉を伝えた。

 でもそうするとY染色体上でなにかしらの痕跡を残すはずだよな…

 一方でミトコンドリア上でのみ白人系遺伝子が存在している???!!!

 もしくは女性の集団のみが日本に渡来した!?

 

Wikipediaの神道、文化のあたりを見ると、かなり納得してしまったのですが

分子人類学でつまずきました。

 

むしろ、以前言語学で取り上げたように、タミル人たちが枝分かれしたのでは、とも思った次第です。

この話は多分これ以上広がらないので、これで終わりたいと思います。