1,000回ころんだ先。
それでも未だに目的をもって生きている。
転んでいる方のお役に少しでも立てればと思います。
さて、それでは本題に。
父親が進学するために働いて貯めていたお金を勝手に使って始めたパン屋。
知人から譲渡してもらったが、データが過去のもので売上が実際はデータの半分だった。
当時はポンパドゥールやドンク、アンデルセンなどのチェーン店が隆盛、個人店は地味な存在だった。
しかも近隣のスーパーで販売している大手パン屋のホールセールに安売り合戦でも苦戦。
たった2ヶ月程度の修行で受け継いだ私のパンなんて美味しくもない。
父親と私の男2人が休まず、朝5時から夜10時まで働いて生活がギリギリ。
私が強固に離脱を宣言したが、その後、父親も撤退した。
その時に言った約束は「また一緒にパン屋を再興しよう」だった。
その約束を守り、パン屋で修行を続けていたが、実は小麦アレルギーだった。
最初の頃は小麦粉を吸い込むと咳が止まらず、夜も眠れないようなことがある症状だった。
次第に手がかぶれるようになり、かゆみをともなうため、掻き過ぎてかさぶただらけになっていく。
数件目の皮膚科の先生に、
「あなたはそんな汚い手でパンを作っているのか、お客に失礼と思わないのか、仕事を変えたほうがいい。」
と厳しく指摘された。
手袋しているし、そんなこと言われてもこちらにも生活があるんだと憤りを覚えた。
あちこちで薬をもらった甲斐があり、症状は軽くなっていった。
しかし、あの医師の言葉が頭から離れなかった。
その頃、自分の住んでいるマンションの役員の順番がまわってきたが出席もせずに任期を満了。
その翌年、新聞のマンション管理資格についての記載が目に留まり、
「そう言えば、役員になったのに何もしなかったなあ」と思った直後にこの資格を取ろうという気持ちが芽生えた。
肉体労働なので帰宅後は寝てしまうので、昼の食事休憩のときに勉強を始めた。
休日は子供が小さくうるさいので、耳栓を購入して寝室に立てこもり勉強するようになった。
何とか資格を取得することができ、悩んだ末に父親との約束を破り、マンション管理の会社に就職した。
今思えば、あの医師の横暴とも受け取れる発言が私の人生を良い方向に変えてくれたのかもしれない。
何故なら、子供を大人にすることができ、今もなお生きているから。