今日の書き散らし
皆さんにとって憧れの人はいるだろうか。自分にとって憧れの人たちの多くは皆口を揃えてこういう。「やりたいことは全部やる」と。その言葉が将来の安定を求めて封印してきた「写真家」という選択肢に目を向けるきっかけとなった。写真を学べる行きたい大学の芸術学部の前期日程入試は出願が終わっていたがまだ後期日程には間に合うらしい。セーフ。じゃねぇんだよ危機感を持て危機感を。馬鹿かお前は。…まぁ生粋の馬鹿であることはとうに自覚済みだがもうちょいどうにかならんものか。それでも過去は戻らないので前向きに勉強するしかないのだが。間に合いはしなかったけど気になって前期日程の入試を少し調べてみた。すると小論文がある…。うーんこれはどちらにせよ厳しかったか。もう少し調べてみよう。ん?小論文とはちょっと違う…?作文じゃんこれ。与えられたテーマをエッセイにして表現するらしい。面白そうじゃ〜ん?てなことで、ちょっと書きたくてウズウスしてるのでエッセイっぽく書いてみようと思う。
黒
「なーんで自分はいつもこうなんだろう。」将来のことなんて考えたくない。少し考えただけで不安と恐怖が入り交じった真っ黒な池の奥深くに吸い込まれていく。吸い込まれないように必死に耐えていると今度は頭がぐるぐるして何が何だか分からなくなる。そんな現実から目を背けようと今日もまたスマホを眺める。YouTube、Instagram、Twitter。大体順番はこんな感じだろう。どれも無心でスクロールする。この時間は現実から目を背けられる最高の時間だ。AIのおかげか自分好みのもので構成された画面は見ていて心地良い。それでも結局その夢のような空間は画面の向こうだけ。かっこいい写真も夢みたいな甘酸っぱい青春恋愛漫画動画も全部画面の向こう。自分には関係ない。だんだん虚しくなってくる。するとすぐに真っ黒な池が現われる。吸い込まれそうになるのを必死に耐える。気になるあの子とのやり取りは大体自分で終わる。緑色のメッセージの下で親指を立てて微笑む顔文字が今日も憎い。はぁ、と大きな溜息を吐くと急に現実に引き戻されたような気がする。勉強しなきゃという気持ちはあってもそもそも将来のことを考えたくない人間がシャーペンを持ったところで捗るわけがない。そんな自分に嫌気がさしてまた意味もなくスマホを手に取る。このスマホもこの春で使い始めて4年目になる。少々乱雑に扱い過ぎたのだろうか。最近はふとしたときに電源が落ちてしまうことが多い。そんなスマホでまたYouTubeを見る。急に画面が真っ暗になった。あぁ、また落ちたか。と思い画面を見るとそこには現実から目を背け続けた自分の醜い顔が映っていた。もう1人の自分があの真っ黒な池からこちらを覗いているようだ。恐怖で思わず目を瞑る。しかし目を瞑っても視界は真っ暗だ。光は見えないのか。そう思った途端全てがどうでも良くなった。もういいや。と小さく口にすると目の前の暗闇は真っ黒な池となって襲いかかる。もう疲れたな。そう思ったのを最後に意識は池の奥深くに吸い込まれていった。
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。最後に時計を見てから短針が数字2つ分進んでいた。そう言えば昨日も夜遅くまで起きてたんだっけ。目の前にスマホがある。ちょうど通知が来たようでブーと音を立ててスマホが生き返る。ヤフオクの通知だった。お探しの商品が出品されました!と書かれている通知バーには喉から手が出るほど欲しいカメラの写真があった。もうカメラは買えないから大学行ったらバイトして買いなさい。という母親の言葉を思い出す。そんなのどれくらいの時間がかかるんだよ。と呟いて乱暴に左にスワイプして消去する。腹が立つ。なんで父親がリストラされなきゃいけないんだ。なんでうちはこんなに貧乏なんだ。本当は恵まれているはずなのにないものねだりをしては何かを憎む。そんな自分も嫌になる。ふと下のほうに目をやるとデスクマットに液体が零れている。喉が変にイガイガするのは本来寝ている間に喉を潤す役割を持つ液体がデスクマットの上にあるからだろう。もう使うことはないであろう共通テストの受験票に貼ってある自分の写真が液体のせいで歪んでいる。はぁ、とため息をついてテッシュを手に取りその液体を拭き取る。ティッシュ2枚でも足りなかったらしく手についた。はああぁ、とさっきよりも大きな、半ば殺意の籠ったため息をついて手を洗いに行く。手を洗い、乱暴に水を切ると洗面台に水滴が飛んだ。ふと洗面所の鏡を見ると目の下にクマができている。はぁ、とまたため息をついて湿っぽいタオルで手を拭くと母親の呼ぶ声がした。夕飯の用意が済んだらしい。
今日は回鍋肉だった。味の素のあれってどれも美味しいんだよな。肉とキャベツを箸で掴み取り口に運ぶ。間髪入れずに白飯を掻き込む。やっぱり美味いんだよな。食べ進めていくうちに肉がカリカリしているような気がしてくる。焦がした?と聞くとバレたかとでも言うかのような顔をしてちょっと目を離してたら焦がしちゃった、ごめんあそばせ?と返ってきた。ふーん。と適当に返事をして母親を見るとどこか生気のないような顔をしている。まだ不安障害の後遺症みたいなものがあとを引いているらしい。根本的な原因は自分と父親と憎き疫病と家計事情のせいだから何かものを言える立場にはないのだが、発病してからそろそろ3年になる。もうそろそろいいじゃんか。ねちっこい性格をそんなところまで引っ張らなくても良いだろうに。でもなんだか気まずいし申し訳ないしよく分からない気持ちになって逃げるようにテレビに視線を移す。ちょうどどうする家康が始まった。もう8時か。そんなことを思いながらオープニングをじっと見る。最近の大河ドラマはジャニーズメンバーがよく出演している。今回に至っては家康を松潤、信長を岡田准一が演じている。俺の白兎ちゃんなんてセリフが今までの大河ドラマにあっただろうか。いや、ない。視聴率を稼ぐ苦労がうかがえる。最近はどこのテレビ局も報道しない自由を行使しすぎているような気がする。国民に真実を伝えようとしないテレビを若者が観るなんて到底思えない。そう言えば最近は世の中のニュースをTwitterで知るんだよな。リプライと引用リツイートで様々な立場の色々な人の意見を知ることができるから面白い。テレビなんかとは大違いだ。そんなテレビで大河ドラマと朝ドラは面白いから観てしまうのがどこか悔しいが。しかし今回の本多忠勝はかっこいい。自分の芯を強く持って凛としているのにツンデレなのは反則ではないか。自分は人前だとクールで物静かな人が友達といるときにたまに魅せる笑顔に弱い。いわゆるギャップ萌えってやつだろう。そんなことを思いながら観ているうちにあっという間に45分が過ぎ去っていく。ニュース845が始まると母親が家事をしに戻る。父親はソファでうたた寝モードに入った。腐っても受験生の自分にとってそんな父親が羨ましくて仕方ない。はぁ、とため息をつくとまた現実に引き戻される。部屋に戻って赤本をぼーっと眺める。また真っ黒な池が現われる…そう思ったタイミングで母親が風呂に行く足音が薄い部屋のドア越しに聞こえてきた。
我が家では風呂に入る順番が暗黙の了解で決まっている。母親→自分→父親の順だ。父親はこの時間になると決まってソファでうたた寝をしている。大河が終わってすぐソファに行ったから今頃はもういびきをかいているだろう。人が3人座ったら窮屈になるソファで器用に横になって寝ている。一応172cmあるはずなのだが。それで夜中の1時とかに起きてきて痛たた…と言って腰をさすりながら風呂に行く。そりゃ痛いだろう。猫みたいに丸まってるんだから。一方の母親は夜遅くまで起きていられないし誰かが起きている環境じゃないと風呂に入れない。これも不安障害の代償だ。心の傷は治りにくいとはよく言うがこの2年間で強く実感した。ことあるごとに泣いていた。風呂のなかでさえも変な考えごとをして1人で怖くなって泣きながら出てくることが何回もあった。その度に看病するのは自分だったがそのうち埒が明かなくなりYouTubeで音楽をかけて入ってもらうことにした。それ以降泣きながら出てくることはなくなったが大音量で流すもんだから部屋の薄いドアを貫通して流している音楽が聞こえてくる。母親はここ半年くらい大黒摩季のプレイリストを聴いている。おかげさまで歌詞を覚えてしまったのだがそんな自分も大黒摩季にはお世話になっている。数年前にニコニコ動画で観た史実に基づいて鉄道開発シュミレーションゲームをプレイする動画シリーズのオープニングに使われていた「あぁ。」という曲の歌詞に魅了されてしまい何度も聴くようになった。今でも自分の応援ソングランキング堂々の第1位だ。それと並んで「ららら」もよく聴くのだがこちらは恋愛ソング的な位置づけだろう。そう言えば最近は自分も風呂に入るときのAppleMusicが欠かせなくなってしまった。風呂は落ち着くと同時に様々な考えごとをしてしまう。真っ黒な池と戦う今の自分にとって音のない風呂は地獄の場所でもある。今なら母親の気持ちも痛いほど理解できる。そんなことを考えていると廊下から聞こえてくる大黒摩季が止まった。大体7曲目辺りで曲が止まる。そしてドタバタと足音が廊下を通り過ぎていく。そしていつものようにドライヤーの音が響く。そしてドアが開く。いつもならお風呂どうぞ〜だが今日はどうやら違うらしい。
息を吸う音が聞こえる。覚悟を決める。あのさー、だった。またか。母親が何かものを言いたいときは大きく息を吸ってあのさー、で始まる。今日はなんだ。お前将来どうするの。あぁ、今日もか。ここ最近母親は口を開けば大学、将来、この二択だ。将来を考えたくない自分にとって母親から言われるその言葉は重いストレスの塊だ。ヤサイマシマシニンニクマシマシアブラカラメの二郎ラーメンくらい重い。ちなみに食べたことはない。とにかくストレスが急激に倍増する。それと同時に将来のことを考えないといけないという義務感も襲う。それから目を背け続けた自分も嫌になる。また頭がグルグルする。全てが嫌になる。思考回路がショートした結果わーったよ(分かったよ)、考えてるから!と乱暴に投げやりになって返す。するとため息を小さくついて風呂空いたからね、と悲しそうな顔をしながらつぶやくように言われてドアが閉まる。「なーんでいつも自分はこうなんだろう」やりたいことは全部やらせてもらってきた。大学のお金も厳しい家計をやり繰りして出してもらう。その親にこの態度である。また自分が嫌になる。机に向き直り赤本をぼーっと眺める。将来何をしてるんだろう。やっぱり将来のことを考えるのは怖い。あ"ーと声を出しスマホを持って椅子をから立ち上がりベッドに横たわる。ボフンっと音がした。隣には10年以上一緒にいるくまのプーさんのぬいぐるみがある。ずっとプーと呼んできた。もう手垢で黒ずんでいる。ねープー助けてよ…そう言うと大丈夫だよ、とでも言うかのように柔らかな笑顔をしたプーがいる。はぁ、とため息をついてメガネを外す。ベッドの上に置いたつもりなのに手応えがない。すると下の方でコトンっと音がした。ベッドと窓の隙間に落ちたらしい。舌打ちをしてスマホを見ると妙に動きがカクカクしている。途端に画面が真っ暗になった。電源が落ちた。また舌打ちをしてベッドから起き上がる。もうなんでもいいや、風呂に行こう。とバスローブとバスタオルを乱暴に手に取る。いつもなら大好きなTWICEを聴きながら風呂に入るが今日はスマホの電源が切れているからそれができない。スマホの電源が落ちたとき、途端に黒い池が現われる。それを必死に拒むように電車のモノマネをする。口から電車の走行音とアナウンスが流せる人間はそういないだろう。自分で電車の環境音を流して気を紛らわす。まもなく、2番線に、東葉高速線直通、各駅停車、東陽町ゆきが、参ります。黄色いブロックの内側で、お待ちください。受かる希望も見えない志望校の最寄り路線のアナウンスだ。こんなんで受かるのかよ、そう思いながら風呂に浸かる。不思議なことに黒い池は現れなかった。
風呂から出て部屋に戻るとスマホが生き返ったようで通知がきている。1件目はヤフオクだ。うっざ。と思いながら乱暴に左にスワイプして消去する。2件目はYouTubeだ。ゆ〜とびさんの動画が投稿されたらしい。そういえば最近とある友人にカメラについて聞かれて以来おすすめのカメラやらなんやらをDMで長文を送りまくっている。そうしたらどういうわけか気になるあの子とその友人と自分との3人のLINEグループができ、女子2人にカメラオタクの変態ぶりを披露するよく分からない状態になって今に至る。もちろん生半可な知識を教えるわけにもいかないから、初心に帰る意味も込めて基礎基本の動画を自分自身も見漁っているわけだ。自分は一眼レフで撮影された写真の良さを分かってくれる人とはとことん気が合うような気がする。何かで自分を表現する芸術肌の人と気が合うことの裏返しなのだろうか。ここまで来るとなんで理系を選んだのだろう。という自問自答に繋がってまた黒い池が顔を覗かせるので今はしないでおく。その一方で写真なんかスマホで良いじゃん、って言う人とは親しいお友達にはなれない気がする。別にスマホを貶しているわけではない。技術の進歩のおかげで日中に風景を撮る程度なら一眼レフと遜色ない画を出てくるし手軽さで言えば何枚も上手だろう。しかし画質やボケ味、撮っている感は譲れないものがある。だからこそ、そもそもあなた一眼レフで写真撮ったことある?程度の人間に一眼レフを貶されると形容し難い怒りが湧いてくる。その類で言うとプリクラなるものも嫌いだ。各方面に大喧嘩を売りそうだが事実である。人は大体自分の顔にコンプレックスを抱えているものだが、同時にその人にしかない魅力もたくさん持ち合わせている。それなのに皆プリクラで似通った加工をしてコンプレックスどころかその魅力さえも全て消し去る。その結果、同じような加工をした同じような顔がSNSに溢れる。そういったものを目にするたびに勿体ないな、と思ってしまう。そういった点でも素を極限まで美しく魅せることができる一眼レフは自分にとってとても魅力的に映るのだがこれは大多数には理解してもらえない感性だろう。そういう意味でも写真を通じて気が合うかつ尊敬できる人とのご縁に恵まれたことは本当に感謝しかない。そういう意味でも自分はカメラと写真が大好きなんだろうな、とカメラについてのいろはを書きながらぼーっと考える。時計を見るともう0時を回っている。そろそろ寝るか…と思いつつ着替えを済ませ、歯を磨き、神棚にお参りをして布団に潜る。隣にはいつもと変わらない笑顔のプーがいる。おやすみ、と声をかけるとすぐに意識が遠のいていった。
視界が白い。もう朝か。薄目で時計を見るともう7:50を過ぎている。今起きれば学校に間に合う。でも身体はそれを拒絶する。最近は二次対策授業などと言って一般受験組を学校に集めているが、自分にとってその授業は苦痛でしかない。地方国公立の中でも比較的下のランクの大学を諦めたような馬鹿に旧帝の数3をやらせるもんだからメンタルはボロボロだ。周りの人は皆自分より頭が良いから先生の話を聞きながら時折うんうんと頷きつつ板書をしてスラスラと問題を解いている。一方の自分はというと先生の言っていることも書いていることも半分くらいしか理解できない。でも問題演習のときにシャーペンが動かないのは小さなプライドが許さない。そこで何をするか。ルーズリーフにただひたすらあいうえお、と書いていく。これが案外無心になれるからこれはこれでいい…わけがない。苦痛でしかない。周りとの差を実感してまた自己嫌悪に陥る。そんな状態がずっと続いている。「なーんで自分はいつもこうなんだろう」と思いながら狂ったように平仮名を羅列するその時間は地獄以外の何物でもない。メンタルをすり減らしに行くだけの環境に誰が行くかよ、と思いながら本日一発目のため息をつく。遅刻するよー、と起こしに来てくれた親ももう来ることはない。時計を見るともう8:20である。こんな生活をしてもう3日目になる。机の上に置かれた弁当がどこか寂しげに見える。知らねーよもう、と言いながらまた眠りに落ちていく。そして再び目を開けると時計は11:00を回ろうとしている。家もやけに静かだ。母親は火曜日と水曜日の午後にパート勤めをしている。今日は水曜日らしい。静かなのも納得だ。重い身体を無理やり起こして適当に着替えてリビングに行く。母親は家を出たばかりだろう、まだ少し部屋の中が暖かい。無造作に抜かれたストーブのコードをもう一度差し込みスイッチを入れる。棚からインスタントラーメンを取り出す。今日はチャルメラの豚骨にするか。インスタントラーメンの豚骨と言えば家系の太麺リスペクトがほとんどだが、このチャルメラの豚骨は細麺で博多ラーメンを感じられるから好き好んで食べている。この辺でいうなら狼煙のラーメンに近いだろうか。小学生の頃父親に何回も連れていってもらったし友達とも何回か行っているから食べ慣れた味になった。電車よりも踏切が好きだった小学生時代、踏切巡りと称してドライブに連れていってもらった。その道中でよく立ち寄ったのが諏訪にある狼煙だ。30回以上は通っていたと思う。父親がリストラされたあとは豚骨ラーメンがヤマザキのジャム&マーガリンこコッペパンに変わったのだが。そんなこともあり思い出深い味なのである。
ラーメンも食べ終わり、勉強をする気にもなれないのでぼーっとしながら布団に横たわる。勉強しなきゃと思いつつ、勉強机に向かえない自分がまた嫌になる。でもまだ13:30だしちょっとくらい寝ても大丈夫だろう。そう思い目を瞑る。あれほど寝たはずなのにまだまだ寝れてしまう。ストレスを抱えるのもエネルギーを消費するのだろうか。最近は動いてもいないのに目を瞑ればすんなりと眠りに落ちていく。たまに勉強しなきゃという自責の念にうなされることも増えてきたのが悩みではあるが。そうして再び目を開けると時計は16:00を指していた。そろそろ母親が帰ってくる頃か。勉強しなきゃな、と思いながらもう一度勉強机に向かう。スマホを見るとInstagramから通知が来ている。見ると今気になっている子とは別の過去に少しだけ気になっていた子からのDMだった。なぜ過去にその子が気になっていたかと言えばすれ違うたびに笑顔で手を振ってくれ、呼び名も下の名前のあだ名+ちゃんだったから。男ならこういうのみんな弱いと思うんだが自分だけだろうか。その当時は今も気になっている子とあまり話せていなかったのも大きかった気がする。そんな人となぜDMをしているかと言えば進路をどうしようか悩んでいたときにリアクションをくれた2人のうちの1人だからだ。今でこそ気になる人ともInstagramを交換しているが、当時はまだ交換していなかった。2人のうち1人はカメラを教えていた人でもう1人がその過去に気になっていた人だ。そこから少しだけ話が広がったというわけである。2人とも悩んでいるどちらの進路も素敵だと褒めてくれた。でもやっぱり写真の方が向いてる、というのもまた2人の共通の意見だった。気になる子を含め良くしてもらっている女子友達は3人とも仲が良い。皆価値観が似通っているような気がするし、他者を認めることができる。そういった点で3人とも憧れの人であり、そんな人達と仲良くできているだけでありがたい限りである。多少ニヤニヤしながらそのDMを返す。自分のことを褒められて悪く思う人なんてそういないだろう。それが女経験の少ない電車オタクならなおさらだ。それでも脳裏には気になるあの子が過ぎる。高校の初恋の人だ。簡単に忘れられるわけがないしその程度で気持ちは変わらない。この程度でブレていたなら今頃電車オタクなんかとっくのとうに辞めていただろう。だからこそ接点をもう一度作ってくれた友達とカメラには感謝しかない。もちろんその友達も含め全員憧れであり推しであり大切な友人であることに変わりはない。だからこそ態度を変えることなく丁寧に接しているつもりではいるが、相手にはどう映っているのだろうか。でもやっぱり好きな人とのLINEは変に気を遣うからどこかぎこちないのいい加減にどうにかしたい。そんなことを考えていると母親が帰ってくる音がした。ふと我に返り明日のことを考える。明日は原則全員登校のLHRだ。あの子に会えれば良いな、なんて思いながら準備を始めると部屋のドアがガラッと開く。ねー、外雪降ってるんだけど〜と開口一番ため息混じりに母親が言う。同時に自分も溜息を吐く。雪は好きだ。綺麗だし写真にも映えるし何より幻想的で冬を実感できる。…が、学校に行く日となれば話は別だ。自転車通学の自分にとって雪と氷は天敵だ。明日もどうせ起きれないし、久しぶりにバスでも使おうか。夕飯を食べ、風呂も済ませ、布団に入る前にもう一度窓の外を見るとやはり大粒の雪が降っている。明日は徒歩かバスで行く以外に方法はなさそうだ。
そして次の日、いつものように10:00頃起きて外を確認するとやはり路面は雪と氷で覆われていた。そして寒い。久しぶりのマイナス2桁だ。こんな中でチャリ漕いだら寒くて凍え死ぬわ。と思いつつ渋々準備を始める。なんでここまで雪と氷を嫌うかと言えば自転車を漕いでいたら氷で滑って転んだからである。路面が光っていたが、その日は晴れていたしどうせ溶けてるだろ。と思って突っ込んだら普通に凍っていてすっ転んだわけだ。普段から30km/hくらいでママチャリを飛ばしてるバチが当たったんだろう。そのおかげでお気に入りの白いデニムをダメにしたし、その週にあった共テでも思いっきりすべった。シャレにならん。そんなこんなで凍結道路恐怖症になったために久しぶりの徒歩通学を余儀なくされた。久しぶりのバスも悪くないか。思えば中学3年間はずっとバスにお世話になっていた。今でも最寄り路線のアナウンスはその気になればモノマネできる。車内にはベビーカーに乗った赤ちゃんとそのお姉ちゃん、お母さんと数人のおばちゃんが乗っていた。地域のバスってなぜか温かいんだよね。しばらく走ると泣きそうな顔をした赤ちゃんがこっちに視線を向けるから目を細めて笑ってあげると向こうも笑ってくれた。赤ちゃんが二パァア!と笑顔になる瞬間ほど尊いものはない。赤ちゃんの笑顔は世界を救う。これは間違いないと思う。異論は認めない。そんな癒しを味わって学校に行き、LHRで久しぶりにクラスの皆と顔を合わせ、数3は受けたくもないので友達と共闘してサボって帰ることにした。当たり前だが皆チャリ。自分だけ歩き。しゃーないか、って思いながら下駄箱に向かうと見慣れた人影があった。
その人影は気になるあの子だった。神様仏様ありがとう。私は幸せです。先に声をかけてくれたのは向こう。振り向くなり笑顔で声をかけてくれた。自分はその笑顔に惚れたんです。それ以上でもそれ以下でもありません。今日もその笑顔を見れて幸せです。自分はその子のファッションも好きだったりする。クール系もオシャレ系も全部似合う。今日も似合ってるなーとか思いながら見てたら無意識に口に出ていたらしく、キラキラの笑顔でお礼を言われた。うん、尊い。とはいえ友達の前で2人でいたら向こうに迷惑がかかるから一旦離れて友達と別れる。徒歩で帰ることなんて滅多にないからすごく珍しがられた。そんなにか。友達と別れて改めて声をかける。今日歩き?と声をかけるとうん、そう!今日は歩きなの?と返ってきたからうん、と返すと駅までだよね?帰ろ!って言われた。雪大好きです。嫌いなんて言ってごめんなさい。徒歩で行くきっかけをくれてありがとう。太陽に照らされた雪がキラキラしている。高校に入って一目見たときから惚れた人。惹かれた理由はいつもはクールなのに時折見せる屈託のない笑顔に撃ち抜かれたから。人格も性格もすごく良い人だったし雰囲気も好きだった。敢えて理由をつけるとしたらこんなもんだろうか。好きに理由はないとはよく言うけれど本当にその通りだと思う。なぜか一発で惹かれていた。2年生の文化祭で写真記録係を通して知り合い、それ以降もたまに話す仲になっていた。生徒会長になりたいって言われたときには微力ながら相談に乗ったりした。実は一緒にお昼も食べた。3年の文化祭の時にも一緒に回ろうって声を掛けてくれて一緒に回った。あのときの嬉しさはもうとんでもないものだった。でもその当時、向こうには1年生の後輩の推し(?)がいたから嬉しくて飛び上がりそうな気持ちを必死に鎮めた。その子とLINE交換している時の笑顔は自分に見せてくれる笑顔と違うような気がして少し怖かった。それでも嬉しいことに変わりはなかったし、それだけで文化祭が何倍も良い思い出になったんだけど。それ以来話す機会はどんどん減っていった。すれ違うことはあっても声をかけることができなかった。なんでだろうか。好き避けっていう言葉がしっくりくるか。とはいえここまでの経験をしているんだから推しなんて気にせず文化祭で勇気を出して告白してもよかったんだろうか。今でもその問いは付き纏う。それを待ってたから一緒に回ってくれたのだろうか。今あの推し君とはどういう関係なんだろう。推しと好きは違うという言葉を信じたい。というか信じないとやってられない。そもそもお相手いないよね。もしいたならこの場で死ねる。そんなことを考えながら他愛のない話をしていると進路についての話になる。自分は理工に進もうか写真の道に進もうか悩んでいる話をした。2つの夢どちらにも共感してくれた。向こうはカナダに7年間留学をするとかしないとか。7という数字がまた重く重くのしかかる。向こうでお相手でも作るのかな、なんて想像もしたくない。もう時間がないことを実感する。隣にいてくれると安心する人。だからこそ好きになった人。気持ちを伝えるなら卒業式だろうか。晴れ姿を最高の写真に収めて送ってあげたい。エゴでしかないがそれが今の自分にできる一番の恩返しな気がする。カメラをレンタルするために親に食い下がっている。Z50mmf1.2かZ24-70mmf2.8のレンズであの子の晴れ姿を収めたい。写真と共に気持ちを伝えたら良いのかな。でもこの関係も壊したくない。また自分の弱さが嫌になる。いい加減脱却しないとな。色々考え過ぎて不安になったけど、久しぶりに2人きりで一緒に帰れて色々話せたのが嬉しかった。まず自分に求められることはさっさと受験を終わらせることだろう。ちょっとだけ気合いが入った。雪がキラキラ輝いている。あれほど黒かったあの池も陽の光を浴びてキラキラしているような気がする。自分は大切な人と別れるとき絶対にバイバイとかじゃあね、とは言わない。またね、と言う。そっちの方が次もまた会えそうだから。いや、また会いたいから。今日もまた別れ際にまたね。と言う。するとうん。またね。という言葉と共に大好きな笑顔がそこにある。そこから家までの帰り道、積もっている雪のせいなのだろうか。いつもの景色がいつもよりも輝いて見えた。もう2月になる。勉強頑張ったらバレンタインにチョコ貰えたりするのかな。…ないか。でも、もう少しだけ頑張ってみようかな ─── 。

