タイに30年も住んでいると、現地のタイ人からも日本人からも良く言われます。

 

「タイ語が上手ですね……」

 

 タイへ来て最初の2年ほどはその言葉で有頂天になったり、”いやいや、それほどでも……” などと浮かれた気分になったこともあった。“あれから30年!”…人生の半分以上をタイで過ごすことになり、過ごすというかもう生活の基盤がここタイになって久しく、生活、人生、仕事、ほとんどのものが「メイド・イン・タイランド」になってしまった今では「タイ語がうまいね」というありがたい褒め言葉になんとなく違和感を感じるようになった。

 

 そういう場面になると、それがお世辞か、本気で感心されているのかは別として先ずは「ありがとうございます」と謝意を表し、そのあとに続く定番の質問、”タイはもう長いんですか?”という質問を待って、

 

”はい、もう30年以上になります”

 

 ごく普通に平々凡々とこの国にお世話になってるだけで、”へぇ!すごいですね!”の更なる定番のリアクションが帰ってくる。何がすごいのかよく解らないのですが、とはいえもう人生の半分以上をタイで過ごすことになろうとは自分でも感心したりする。逆に30年も住んでいてタイ語が話せない、読めない、書けない、というのはこれまた困ったものである。”郷にいれば郷に従え”の言葉通り、タイの社会に溶け込む華僑ならぬ「和僑」とでも呼ばれるのだろうか、そんなタイにどっぷり浸かった生活を送っている。

 

 さて、タイ人とのコミュニケーションというと、ある程度の英語力のあるタイ人となら、お互いの母国語でもないわけで、適当に通じることもあるだろう。しかし、中には英語もタイ語もわからずにタイへ赴任してくる日本人も多いのに少し残念な思いをすることがある。

 

 日本企業から駐在や出張でやってくる日本人のタイ人に対する態度や言動が少し気になることがある。タイ料理に慣れ、滅多に行くこともなくなった日本居酒屋などへ時々行くのだがある夜、日本人駐在員とおぼしき男性のタイ人の店員さんへの物言いで少し気になることがあった。

 

 恐らく、日系企業の工場勤務の日本人であろう、会社の社名が入った作業着を来て、仕事帰りに食事に寄ったのであろう。上司と部下でなんだかんだとお喋りをしているのだが、突然その一人が、

 

「オイ!アーハーン、レオレオ!」

 

ドン!とテーブルを叩いて通りかかった店員のタイ人の女性に大声を上げた。店員の若い女性はびっくりして一言「カー(はい)」とだけ言って厨房に消えた。

 

 日本語に訳すと「オイ!メシ!早くしろ!」という無機質な単語を並べた意味になる。ニュアンス的には「オイ、料理まだかよ!早くしろよ、早くぅ!」といった感じだろうか?これを言い放った日本人の方は多分工場の技術者なのか(偏見すみません!)恐らく、基本的なタイ語を赴任前に習っていないのか、赴任後に何処やらで不適切な(?)タイ語を覚えたのか、まさか日本でもこのような言い方を日本人の店員さんにする輩なのだろうか?と勘ぐってしまう。(最近の日本ではそういう店員に偉そうに怒鳴る日本人も多いとか聞くが…)

 

 普通の日本社会というか、日本国内の居酒屋なら店員さんへの言葉として、「ちょっとすみません、あのぉ、頼んだ料理がまだなんですが…」的な言い方で料理を催促するものだ。恐らく、本人は礼儀正しい、仕事も熱心なまじめな人なのかもしれない(そう信じよう)。

 

 ただ、言い方がおかしい、そのタイ語がおかしいのですよ。確かに日本の本社の命令で「タイへ行け」と辞令が出ればそれに従って、本人にとっては寝耳に水か、未開の国のジャングルへでも行けと言われたようなものなのか、タイ語なんぞわかるわけない、習うつもりもないといった気持ちなのか、ここで知ってる限りのタイ語を駆使した感がある。

 

 なにも彼のタイ語のレベルを非難しているのではない。彼のおかれた状況は痛いほど理解できる。自分も初めてのタイへ仕事で赴任した時は、恐らくその程度のタイ語のレベルだったのだと思う。本人に悪気はないとしても、その言い方ではだめだ。温厚なタイ人なので、特に日本料理店などに勤めるタイ人ならそれくらいの”失礼な”タイ語には慣れているはずで、さして気にも留めてないのだろう。しかし、場所を違えればいきなりムエタイ選手ばりの蹴りを入れられるかもしれない。タイ人は温厚に見えても怒ると怖い。

 

 ここでこの日本の企業戦士の駐在員に一言アドバイスを差し上げたい。

 

 次のようにタイ語の超々簡単な三つの単語を覚えてください!次のように言えば、この言われた店員さんはにっこり笑って一番に彼の頼みを聞いてくれると思います。

 

”コートーッ・クラップ、アーハーン、チュアイ・レオレオ・ノーイナクラップ?”

 

である。日本語に訳すとずばり「すみません、料理、少し急いでいただけますか?」になる。確かに文法的に正解ではないが、日常会話ではよくある言い回し。しかし、ここに加えた三つの単語 ①コートーックラップ(すみません)②チュアイ(お願い)②ノーイ(ちょっと)この三つの単語を加えるだけで言葉のニュアンスが全く変わるのです。

 

 特に工場勤務やオフィス勤務でも、駐在員の日本人の立場からは命令口調になりがちな仕事スタイルが多いと思う。ただ、仕事を頼む相手はタイ人、指示に沿って動いてもらうのもタイ人というのがほとんだ。そんな環境の中で命令口調、それも昔の日本の軍人のような物言い(古すぎるか)では、タイ人からも信頼されない、慈悲深いタイ人の社会では誰しも”優しい”人が好かれるわけで、当然、日本企業で働くタイ人も、居酒屋の店員さんも、言葉の丁寧な「優しい日本人」に好意を持ってくれる。

 

 今からでも遅くないので、以下の三つの呪文を加えてタイ人と話してみましょう。

①コートーッ・クラップ(本来の意味は英語で“I am sorry”)

   *ちょっといいかな?

   *申し訳ないが…

   *忙しいとこごめんね…

   *とりあえずごめんね…邪魔するよ…

②チュアイ(お願い) ③ノーイ(少し・ちょっと)

  *連結黄金フレーズ”PLEASE!”です。

  *チュアイ・ノーイと云えば、日本語的には「ちょっと助けて」とか「ちょっと頼むわ」「手伝ってよ」…そのものです。これは当然、世界共通の他人にものを頼んだり、理解を求めるときに使う表現で当然日本語にもあるわけで。まずは相手を尊重することなのです。

 

 この言葉を使ってみれば、タイ人からの印象はもっとよくなります。さらに少し笑顔で、そんな眉間にしわを寄せてまじめぶらないで、さらりと言うことができればあなたも「優しい日本人」(コン・ジープン・ジャイディ=優しい日本人)になれるのです。

 

(終わり)