常夏タイランドで暮らしていると、週末の過ごし方というのにも一苦労するものである。
大抵は家の掃除をしたり、靴を磨いたり、なにかと家の中で、こちょこちょと動いているとほどよい運動にはなる。
窓の外に広がる港の景色を見ながら、ベランダで熱いコーヒーを飲もう思うなら、じわじわと汗が出てくる。
12月というのに昼間の気温は30度を超える。日本にいたときは、熱いコーヒーがなんとも冷えた身体を温める癒しの飲み物なのだが、その癖か、30度の炎天下でも熱いコーヒーは欠かせない。
しかし、偶にはふらっとドライブとか、近所の公園へ散歩しようかという、本当に勇気のいる選択も時には大切だということで、先の週末の一日、ぶらりと近所の鉄道の駅に車を転がした。
鉄道好きの私は、とにかく、鉄道が好きなのである。 ただボーッと列車を眺めるのも好きなのである。
私の住む、小さな町の鉄道駅(タイ国営鉄道=タイ国鉄)のベンチに座り、ぼけーっと通過する貨物列車を、煙草をくわえて眺めていた。
若い駅員のPさんが近寄って来て、
「兄さん、これからどこへ行くのですか?」と訊いて来た。
「うーん、特にないよ、ふらっと来ただけ」などと意味不明な回答をした。
「もうすぐ軍港行き(正確にはタイ国鉄東部線終着駅のChukSamed駅)が来ますよ。軍港で軍艦見るのもいいし、白砂のビーチでビールでも飲んできたらどうですか?」
初めて会うのに、こんなに親切な提案は、心に沁みるほど嬉しい。(その後、Pさんとは言うまでもなく友達になった)
「は?ここから軍港まではどれくらいかかるの?」
「約1時間半ですかね?向こうで40分ほど時間があるので、散歩に丁度いいですよ、チケットは14バーツ(70円程)です」
その運賃の安さに私は二つ返事で「ほな、行く」
待てど暮らせどその”列車”が来ないじゃないか?
駅舎に歩いていき、Pさんに「列車来ないね?」
「あーいつものことですから、あと20分ほどできますよ、大丈夫(マイペンライ)ですよ」
“おいおい、大丈夫ですよ!というのはこちらのセリフだよね?”
「あ、そうなの? うん、大丈夫」ーやっぱり言ってしまった。(笑)
列車は遅れてやってきた。
日本ではもう昔話に出てくるような「三等列車」がディーゼル機関車に引かれてギシギシと音を立ててやってきた。
扉は開け放たれ、車内の窓は全開、木製の座席、ノスタルジックな映画のような光景が目の前に現れる。
「タイムトリップかよ・・・」
にわかに”鉄ちゃん”の血が騒ぐ(いや、騒がないが)。
列車は駅を出ると、心臓が飛び出すくらいのスピードでぶっ飛ばしていく。
小さな町の駅を縫うように走り、小高い山のふもとにはキャッサバや、パイナップルの畑が続く。
「たまにはいいなぁ・・・鉄道の旅も」
容赦なく目に飛び込んで来る埃に悩まされながらも、列車は終着駅に滑り込む。
遅延のために、帰路の出発時間までにわずか30分しかない。
1日二本のダイヤでは、この列車を逃すと家に帰るには一苦労する。
まぁ、逆境に立ち向かうのが鉄道の旅の極意でもある。
ー白砂のビーチか、軍艦を見るか?
ー究極の二択である。
持ち時間は30分…
確か、軍艦は子供たちが幼いころに連れて来た思い出がある。懐かしい思いでもう一度見てみたい。
方や、白砂のビーチ…シンハビールを一本飲んでぼーっとするのも悪くない。
究極の選択は…軍艦。
駅前のソンテウ(ピックアップトラックを改造した乗り合いバス)の親父が手を上げる。
「兄さん、帰りの列車に間に合わせるなら軍艦しかないよ…」
「はいはい、それです、軍艦です」
運転手の親父はそういうと、運転席に乗り込んで軍艦の前まで連れて行ってくれた。
軍艦マニアでも、ミリタリーオタクでもない私だが、やはり、軍艦色の船というのは壮観なものだ。
近年は外国人の乗船が許可されないと聞いていたが、この日はタイ人にも乗船が許可されず、外から眺めるだけだった。
この軍艦(チャクリナルベート丸)、先日のタイ南部の洪水被害の支援活動で出動していたとのこと、人道支援、ご苦労様です。
ドックの横にはお土産屋や、クィッティオ(タイ式麺)屋台があって、船を眺めながらのランチをなかなか乙なもの。
あっという間の30分だが、軍港の厳かな雰囲気とは違って、なだらかに、穏やかに吹く海風がとても優しくて、軍艦の鉄の塊の匂いと混ざったファンキーな雰囲気を味わいながら、ソンテウの親父に促され、駅まで戻った。
次は白砂のビーチでシンハビールにしよう…
こうして次の休日の過ごし方が、決まったのである。
























