ブログを書き始めて早や数ヶ月。
10分くらいで書くつもりが、毎日30分~1時間ほど費やしてきました。
それは自分で決めた習慣だから。
その自分の信念に従って無我夢中で書き進めてきました。

しかし、今日を持ってこのブログに別れを告げたいと思います。
理由を事細かに説明するつもりはありませんが、思っていることを一言だけ。

・今やらないと後悔する

自分は今、人生の大きな岐路に立っています。
大袈裟かもしれませんが、今やるか、やらないかが、
私の人生に大きな影響を及ぼす。
そう判断しました。

最後にもう一つだけ。

・自分の価値を信じているか

公私ともに順風満帆な生活を送ってきたかのように思います。
しかし今、大きな岐路に立っている。
「たったこれくらいの人間で十分なのか、もう一段上を目指すのか」。

自分に問うてみたいと思います。
口だけではなく、行動で示す。
そのためには、少しでも多くの時間が必要です。

またいつか新たなフロンティアで出会いたいと思います。
その時には、きっともう一回り大きくなった自分と出会えることでしょう。

私という人間の存在価値が問われている。
「お前はたかがそんなもんか!」

絶対負けない。
絶対逃げない。
絶対最後まで、あきらめない。
$Frontier Mind

今日は国立新美術館で開催中の「オルセー展」に行ってきた。
美術は一切分かりませんが、
・分からない+興味ない=行かなくてよい
ということではないと思いますし、
分からないなら分からないなりに、
とにかく足を運んで、その場の雰囲気を感じて、
自分の感覚値を少しでも上げる努力をするべきではないかと感じています。

こういった文化に触れる活動(美術、映画、ファッションなど)は
すぐにはその”費用対効果”が見えにくいものであると思います。
その一方で、様々な歴史やそのワザ、作者の想いなど、
身に付けるべく知識は非常に多岐にわたることから三日坊主になりやすい。
ですので、変に学ぼうとしない、まずは定期的に足を運ぶところから始めてみる、
こういった気持ちで文化に触れる時間を強制的に持つようにしているのです。

で、今日は日曜日でした。
人の混雑はある程度予想していましたが、、、
前が見えません。何も見えませんでした。
とにかくすごい人の量でした。
天候がぐずついていたこともあってのことでしょうが、
残念ながら何も絵に関する感想はありません。。

ただし、そうは言っても何か学びを取りに行くのが私のスタイルですので、
考えてみました。
・何で絵が見えないほど混んでいるのか

答えは何でしょう?
人の量が多いからですか?
人の量が多いと必ずあんなに混みますか?

例えば東京ドームに野球を見に行きました。
入退場の時は”混んで”いますね。
でも、自分の座席で野球観戦している時はどうですか?
”混んで”いますか?
おそらく、”窮屈”あるいは”満員”あるいは”人がたくさんいる”といった感じですか。
”混んで”はいませんよね。
でも、東京ドームは5万人以上観客が入りますね。
いくら会場が広いからといっても、なぜ座席にいると”混んでいる”と感じないのでしょう。
逆にそこから、混んでいると感じる理由が分かりそうです。

その理由を、「人の流れに巻き込まれている」ことが
重要なポイントであると思っています。
野球観戦でも、座席に座っている時は、
いくら人が多くても「人の流れには巻き込まれていない」。
だから、”混んでいる”とは感じない。
しかし、入退場の時や、売店に何かを買いに行く時は人の流れに巻き込まれます。
だから”混んでいる”と感じる。

このことを参考に、美術館でなぜ”混む”のかを考えてみようと思います。
今日行ってみて、人の行動から見えたパターンは、
・同じ絵のところに延々と居座り続けるパターン
・出口付近から逆走してくるパターン
・出口に近づくにつれて絵画一枚あたりの鑑賞時間が長くなるパターン
この3種類の人間が入り乱れて存在するという観察事実です。

●同じ絵のところに延々と居座り続けるパターン
これはバイキングで言うところの、
「大好きなものを取りすぎる」、
「支払いの元分を食べようととにかく大量に取る」
人たちのことを指すのだと思います。
全体が見えていない、最後は息切れする。
前半じーっくり、後半さくさく型。
入り口近辺の混雑の主要因です。

●出口付近から逆走してくるパターン
・人が多くて絵が見えないから、先先進んでしまった
・絵が両サイドにあるので、片側→少し戻る→逆側の順番で鑑賞している
・思ったよりも早く出口に来てしまった
いろいろ事情はあるでしょうが、たいていの場合は
・このまま出口を出ると勿体ないので、もう一回鑑賞しよう
という気持ちになるのでしょう。
バイキングで言うところの、何度も食事をとりに行くせわしない人のことです。

●出口に近づくにつれて絵画一枚あたりの鑑賞時間が長くなるパターン
このままのペースで先に進んでいくと思っていたより早く出口に到達してしまう、
と自分の状況を前もって把握できるタイプの人々。
前半はさくさく鑑賞を進めていたが、
後半はなぜかじーっくり鑑賞を進めていく。

こういったことから感じるのは、
・止まっている人
・前に動いている人
・後ろに動いている人
・それら様々な行動を、”大量の人々”が一気に行っている
ということです。

これだけ人がいても、たとえ人の流れに巻き込まれても、
ある一定の方向に人が流れていさえすれば何とかなるものだと思います。
しかし、
・大量の人々が
・あらゆる方向に
動いていると、もうお手上げ状態です。

じゃあどうすれば良いのか。
鑑賞する我々と美術館のスタッフサイドに分けてルールを書いてみます。
(個々人のゆっくり鑑賞する権利などは考慮していません。とにかく、
初心者の人もプロの人も含めて最大公約数的に美術鑑賞を満足できることを
主眼に置いています。)

●鑑賞する我々
・いかなる理由があっても、後ろに戻ってはいけない
・絵画一枚あたりの鑑賞時間は最長3分
・複数で鑑賞せず、必ず個人で鑑賞する(絵画の批評によって人の流れが滞留するため)
→これだけでずいぶんと混雑解消されると思います。

●スタッフサイド
・絵画の両面配置はやめる
・両面配置する場合は、その絵画と絵画の間のスペースを○○m確保するルールを定める
・入場制限をしない(待つとその分、鑑賞時間を長く取ろうとする)
・日にち、時間帯で枠を決めた前売り券発売を実施する
・チケットは、個人が指定できる別日程であらためて入場が可能とする
→いつ来てもいいですよ、いつ帰っても良いですよというルールは、
このような観光的文化的ビジネスにはナンセンス。
しっかりと枠を設けて、しかし同時に再入場の柔軟な配慮を持たせながら
芸術の醍醐味をしっかり味わってもらう。
収益も無視できないことであるとは理解できるが、
芸術の啓蒙的な側面の重要性をしっかりと認識することが大切。

芸術に興味ない人が、他人に勧められて行ってみて、
こんなに混んでいたら二度といかないでしょう。

じゃあ好きな人だけが鑑賞するということで良いのか?
観光、文化を成長戦略の一つに掲げている日本の一国民として
それはダメでしょうと言いたい。
芸術の価値や重要性を少しでも多くの国民に広めることは大切だと思います。

最後に私が取り組むべきことを。
●混雑すると考える日程は避ける(できれば平日、あるいは休日の朝早く)
●展覧会の全体像を知る(いくつ絵画が出展されているか)
●何を見て、何を見ないかを前もって決める(絶対に見るべき絵画を数点決めておく)

こうしてほしいと思いつつも、すぐには何も変わらないことは分かっています。
だから自分を変えよう、自分の行動を変えてみよう。
そんなことを改めて感じさせられた一日でありました。
photo:01


今日は渋谷でぶらついた後、地下鉄銀座線沿いに渋谷~表参道~外苑前と歩きました。

ヒューマンウォッチ、タウンウォッチが大好きな自分にとって、欠かせない習慣です。

で、歩いていて少し気になったことがありました。
その発端が上のドラッグストアです。

渋谷から宮益坂を歩いていて一軒。
宮益坂から国連大学方面に歩いてまた一軒。
挙句の果てに、クロックスの隣に一軒。
わずか地下鉄一駅の間に同じチェーンストアが3軒もあると、当然ながら気になります。

しかも3軒ともに共通して言えることは、
•店舗面積が大きくない
•目立った客寄せはしていない
•店員は1人か2人
•他店と遜色ない低価格
ということです。

こういった事実から、その背景には何が見えてきますか?
最近流行りの「抽象化力」を問うているとも言えますね。

私は、このドラッグストアの戦略全般を知りませんし、このドラッグストアのロイヤルカスタマーでもありませんので、正確な答えは持ち合わせていません。

その前提で申し上げるとすれば、
「大少」の時代から「小多」の時代へと軸足が変化しているのではないか、
と感じるところがありました。

駅前に行くとドでかいドラッグストアが立ち並び、それこそ安売り合戦が繰広げられています。

•利便性、立地が良い場所
•豊富な品揃え(種類)
•仕入れの多さによる原価低減
•多数の来店者による″見せる″集客効果
多少の違いはあれども、こんなようなビジネスモデルが軸になっているのかなと思います。

それが今どう変わろうとしているか。
先のビジネスモデルをもとに考えてみましょう。

•利便性、立地が良い場所
→土地は有限、駅近ほど坪高。
→駅から少し離れてみる、駅と駅の間を考えてみるという発想。

•豊富な品揃え
•大量仕入れによる原価低減
→各店舗毎の発注ではなく、地域全体、あるいは地方全体での発注を行う。
店舗毎の距離を比較的短めに設定することで、流通コストの増加を抑える。

•多数来客による″見せる″集客効果
→果してどれほどのお客さんが、″見せられて″お店に入っていくのでしょう。
最近では、@コスメというインターネットサイトでの口コミをもとに、
事前に購買商品を決めている顧客が増えています。
また、企業側もチャネルによって販売ブランドを分けているという事実もあります。
もちろん、ドラッグストアが化粧品以外の商品も多く扱っている
ということはありますが、やはりドラッグストアの収益の軸は一般用医薬品と化粧品です。
医薬品は基本的に心移りして買うものではない。
そして、顧客の化粧品に対する先の購買行動の変化を考えると、
″見せる″集客効果の優先順位は以前ほど高くないかもしれない。

そうすると、考えが変わります。
駅前に大きなお店をどかーんと構えて一店舗あたりの売上を
最大化しようとするビジネスモデルを脱却し、
駅前ではなく″駅近く″や″駅と駅の間″に店を構えて、
いくつかの店舗を集約した″地域での″売上を最大化しようとするビジネスへの転換です。

駅前をやめるという訳ではありません。
軸足を″駅前+駅近+駅間″に移す、ということです。

そうすると、
•駅から離れるほど坪単価は安い
•店舗当たり来客を下げ、人件費を抑制
•混雑解消により待たされることはない
•混雑解消によりなかなか売り場に辿り着けないことはなくなる
•″その人にとっての″、最寄店舗が近くなる
といったメリットも出てきます。

店をコンパクトに、かつ多店舗展開で。
なおかつ、多様な商品を、競争力ある低価格で。
実現困難とされていた、
•具体化し過ぎることのコスト増加
•抽象化し過ぎることのニーズ欠落
というトレードオフを解消する方向に進めているのではないかとさえ感じました。

業界問わず、「大きいことは良いことだ」という過去の常識が
改められる方向で進んでいくことは間違いないでしょう。

•多様化した個々のニーズにどう対応するか。
•一方で、それを如何に実現するか
この辺りのone-to-one marketingを具体的にどう戦術レベルに
落とし込むかが各企業に問われている時代です。

難しい時代ですが、その分きっとやりがいも…あるはず!
いろいろ考えてみようと思います。