小田原城本丸下の崩れた石垣に、再度訪れました('-^*)/

何気にお気に入りの場所になってしまいました(・∀・)!!

いつもの様に、ここにはほとんど人がいませんでした(・∀・)。。。

と続く、小田原城で見たかった所の3箇所目が天守閣から見えます!!

それがここ!!
小田原城八幡山古郭東曲輪です('-^*)/

八幡山古郭は、八幡山丘陵の尾根上、標高69m付近の平坦部を中心とした、
戦国期小田原城の遺構が集中している場所で、
当時の小田原城の主郭があったと推定されるなど、小田原城を考える上で重要な場所です。

では八幡山古郭東曲輪に登ってみましょう('-^*)/!!

東曲輪上は芝生が敷き詰められていて公園となっていました(・∀・)!!
歴史的遺構などは発掘調査後に戻されたのか一切わかりませんでした。。。

完全なる公園化、観光客も訪れないため、鳩がゆったり餌をつついていました(・∀・)

ただここから見える小田原城天守閣は、
その姿が下から上まで全体を見ることができ、
また格別な景観でしたよ('-^*)/

折角小田原城まで来たら、この景観を見ないのはモッタイナイですね!!

次回からはもれなく小田原城に来たら立ち寄らなければならない場所になりました!!


小田原城に再び参上いたしました('-^*)/!!

小田原城については→「こちら」

いつもの様に「銅門(あかがねもん)」からの登城です!!

でも前回と違ったのは、台風直撃の影響か、
壁が剥がれてしまっていました(´・ω・`)。。。

銅門の鉄砲狭間から馬出門を覗いてみる| 壁 |д・)チラッ

銅門は今日も輝いています(-^□^-)!!

んで、自分的今回の目的地である、小田原城の行ったことのない場所!!

それが何気に「常盤木門」の中だったりします(・∀・)。。。

さて、初の常盤木門に突入してみましょう('-^*)/
中には何があるのでしょうかねぇ!!

現在の常盤木門内は西洋の美術館になっていました!!


へ~。。。ほ~。。。

。。。

よくわからなかったです(´・ω・`)。。。

これこれ!!目的はこの景色!!

常盤木門枡形を見下ろしたかったのだよo(^▽^)o


小田原城小峯鐘ノ台(こみねおかねのだい)大堀切東堀に来ました!!
小峯鐘ノ台大堀切は、東堀、中堀、西堀の3本からなる
戦国時代に構築された空堀です。

後北条氏は、1590年(天正18年)の豊臣秀吉の小田原攻めに対し、
総構(そうがまえ)といわれる周囲9kmの堀や土塁を構築し、
その中に城のみならず城下町までを取り込んだ戦国時代最大級の城郭を築きました。

この大堀切東堀は、総構以前に構築された三の丸外郭に相当し、
本丸へと続く八幡山丘陵の尾根を分断しており、
敵の侵攻から防御するために築かれた空堀です。

総構とともに小田原城の西側を守る、最も重要な場所であったと考えられています。

今回行った東堀は、幅が約25~30m、
深さは堀底から土塁の上まで約12~15mもあり、
堀の傾斜は50~60度という急勾配で、
空堀としては全国的にも最大規模な物だそうです!!

土塁の上から見下ろしてみればその凄さがわかるというものです!!

発掘調査によると、堀には障子堀や土橋状の掘り残し部分のほか、
横矢折れと呼ばれるクランク部分↑などが設けられている事が確認されたそうです。

こうした堀の構造は後北条氏が積極的に用いたもので、
戦国時代の小田原城の特色をよく表している場所であります。

空撮写真に黄色いラインで、総構がどの程度の広さか表示されていました。
この総構は北条氏康(三代)の頃から作り始められ、
上杉謙信、武田信玄による再度の来攻により次第に拡大され、
氏直(五代)の時、豊臣秀吉の小田原攻めの直前に完成したそうです。

大堀切の末端まで来ると、小田原の海が一望できて綺麗でしたо(ж>▽<)y ☆


月食なうヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ

昨日は少し満月だったけど、
空を見上げたら月が欠けてたから驚いて急いでカメラを取り出して撮ってみた(・ω・)
(今日が月食って知らなかった人です。。。)

赤い月がだんだん暗い所が増えてきたよ\(゜□゜)/!!
今いる地球の影が遠い月に写っているんだね

三脚壊れた(今。。。)
ちょっとブレちゃったけど、三脚無しにしてはまだマシかな。。。

赤かった月がいつものように白い光にかわり、大分欠けてきました!!

完全に三日月モードに入りました(-^□^-)!!
今回の月食はここがマックスかな??

地球の影から脱出した月は。。。

満月のお月様に回復いたしましたо(ж>▽<)y ☆

初めて見た月食はとても寒かったです(・∀・)
でもとても感動しました!!



韮山城の近くにある国の指定史跡の「韮山反射炉」に来ましたよ('-^*)/

「反射炉」とは鉄を溶かすための溶解炉のことです。
炉の天井部分がアーチ状になっていて、そこに反射した熱が一点に集中して、
千数百度という高い温度を実現することから「反射炉」と呼ばれているそうです。

周囲は山々に囲まれていて、茶畑が広がっている閑静な場所にありました。

入口には西洋砲術の導入、鉄製砲鋳造、江戸湾内海台場構造などといった、
様々な政策を実現させた韮山代官「江川坦庵(たんあん)」の像が建っています!!

この方なんですね!!

東京湾のお台場を造ったのは(・∀・)!!

この写真は史料館??内にあった、使われなくなって遺棄された反射炉の写真。

本体から木まで生えちゃってますね(´・ω・`)。。。

大正11年に国の史跡に指定されました。

この様な大型砲を鋳造するには反射炉というのは必要な施設だったそうです。
韮山反射炉は東京湾のお台場に据える大砲を鋳造する施設です。

この復元鋳鉄製24ポンドカノン砲は、
韮山反射炉で最も多く鋳造されたと考えられているそうです。

一生懸命大砲に対して良いアングルを見つけようと頑張る方が若干一名(・∀・)

当時はレンガだけの塔だったようですが、
現在は耐震補強の柱でガッチリガードされています(`・ω・´)



反射炉の説明は、僕が書くより解説図付きの案内板をご覧ください('-^*)/

やっぱり図があるとわかりやすいですね(°∀°)b

炉の中を見ることもできました!!

奥の方は真っ暗で見えづらいですが(´・ω・`)。。。

中にある装置の解説文と図です('-^*)/

上の煙突の口から射し込む光が、装置の中で自生していた植物を照らしてました!!

小さくも元気に生きていました(ノ´▽`)ノ

見る人が見ればとても楽しい韮山反射炉!!
僕はなかなか好きでしたよ('-^*)/

反射炉を後にして売店を散策していたらこんなものが( ̄□ ̄;)!!

もうなんか何でも有りになってきましたね(=◇=;)。。。

その売店で手に入れたコレ!!
お茶のコーラですよぉ( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚!!

そのお味はというと。。。

ご想像にお任せ致します(((゜д゜;)))。。。