「四柱推命」始まりは古代中国「殷王朝」にあり。
殷王朝とは、殷の湯王が「暴君、夏王朝」を滅ぼし建てられた王朝である。
殷王朝は周囲の邑(都市国家)と連合体を組むも、のちに「大邑商」の王となり、皆を従えた。
殷王朝では宗教的な権威・神権政治が行われ、その遺跡からは湯王が占い師に刻ませたとされる(占い)結果が、「甲骨文字」(亀の甲羅や獣骨に刻まれた文字)というかたちで数多く発見された。
これら甲骨文には、五行説・・・十干、十二支さらには六十干支、またこれらを用い導きだしたとおもわれる「日」や「月」があらわされていました。
う~ん、いまさらながら歴史の勉強になるわ~~~。
この先なんに役立つかわからんけど、朝から頭フル回転したので、まあ、「ボケ防止」にはなるでしょう。(笑)