見たい夢を見るために枕の下に関連する写真を入れたり枕もとにお守りを置いたり自分でどんな夢を見たいのか書いた紙を置いていたりする。

この年になって何の楽しみがないもので趣味は『寝ること』になってしまっている。何の気力もなかった私はせめて夢の中だけでも楽しもうと考えた。



12月31日の晩枕元に『超能力者になる』と書いて枕の下におき、眠りについた。寝付くのは結構早かった。
 

気づいたときには見知った公園のような場所にいた。目線は随分と低くて公園にある水飲み場の淵と同じぐらい。
いびつな楕円形の小さな公園であたりは早朝なのか薄暗く人の気配はなく、私はひんやりとした風を感じながらところどころさび付いた遊具を見て回った。

あたりは本当に静かで風の音、鳥の鳴き声、虫の音などは一切しない。私の足音すらなかった。

(あれは何だろう。)

前方に影がうごめいている。一瞬、幽霊とか・・・・・?と非現実的なことを考えながらその不規則に動く黒い塊に近づく。
不思議と恐怖はなかった。

私その塊に手を伸ばす。するとサァーとその細かい無数の黒い点がはけていった。

黒い羽虫だった。気持ち悪さに触ろうとしたことを後悔した。

羽虫がたかっていたところをよく見ると白い猫がいた。と言っても色はくすんでいて目を閉じた猫はぐったりと地面を横たわらせており足をピンと伸ばした状態で倒れていた。
一瞬、死んでしまっているのかと思った。
(埋めてあげよう)

そう思っててお伸ばした次の瞬間、シャーと声を立てて青い目をかっぴらいた。威嚇した怖い形相のまま猫は私の伸ばしかけた手をひっかいた。

「いたっ」
思わず声を上げてしりもちをついた。
幼い設定のせいだろうか勝手に涙がこみあげてくる。

起き上がった猫はそんな私をきまり悪そうに見ていた。
夢ならしゃべってくれるんじゃないかと心の中で期待したが期待だけで終わった。
ねこはしゃべることもなく茂みへ姿を消してしまった。

それから私はこの世界でその猫を見かけるようになる。

例えば交通事故の現場で足を引きずっている後姿だったり、孤独死した近所のおばあさんの家の縁側で鳴いていたり、びっくりしたのは墓参りの時、私のうちの墓の二つ先の手入れされていないあれはて、薄汚れた墓石をなめていた。
私はだんだんとその猫に恐怖していった。
私のようにその猫を怖がる人間はいたみたいだ。
事故現場や、人が倒れている現場に現れる猫は不吉だとクラスで目立った存在の美咲ちゃんが言っていた。
「絶対、あの猫呪われているのよ!!」

「ちがいねえ。だってこないだあの猫見かけたんだけどよ、腹のあたりが血まみれでそれでも動いてるんだぜ。」

お調子者の公平が話しに入ってきた。
「なんだかゾンビみたいね。」
「うちはお父さんが見かけたんだ。日曜大工っていうのをやってるときあの猫がうちのまえを通ったから竹ぼうき数発たたいたらすぐにどっか行ったって言ってたわ。でもなぜかびしょぬれだったって言ってたよ」

それを聞いて私はますますあの猫のことが怖くなったんだ。

ある日冬になって日が短くなったことに気が付かなかった私は夕方5時くらいに遊んでいた友達の家を出た。
(寒い、手袋持ってくればよかった)
そんなことを思いつつすっかり暗くなった道を歩いていく。
街灯はあったけれど暗くて誰も通らない道は心細く自然と歩く足が速足になった。

 

しかし私は自然と足を止めた。道路の真ん中後ろ足をたたんで私を見据える青いめ。その猫は私に気づいたのか一瞬目が合ったが前足をしきりになめている。私は一瞬であの不幸を呼ぶ呪われた猫だと思った。私はすぐに後ろを向いて走り出した。
(お友達の親御さんに事情を話してお母さんに迎えに来てもらえるように連絡してもらおう)
半べそをかきながら走っていると腹骨が浮くほど痩せた大きな茶色い犬が立ちふさがった。
それははっーはっーと息をしながらよだれが舌を伝って落ちてゆく。
そのぎらついた目にさっきが宿っていた。わたしは反対方向に逃げようとしてあの猫の存在を思い出し方向転換しようとしてしりもちをついた。好機とばかりに茶色い犬が牙をむいて襲い掛かってくる。

なっあああああーーー

野太い猫の声が聞こえたかと思うと私の背後からあの犬の顔にパンチをかましていた。ひるんだ犬は狙いをネコに定めたようで

ぎゃんぎゃんと吠えながら猫を押しつぶそうとする。
ねこは、ひょこひょことした足を引きずるおかしな動きで犬の攻撃をかわしている。
(あのねこ、足、ケガしているのかな)
ねこは30センチちょっとくらいの小さな体で犬はその倍以上はあった。
ねこは犬の前足の隙間を潜り抜けて腹めがけてひっかいたようだ。


キャン

犬は高い声を短く上げて一目散にかけていった。
ねこは爪に血をにじませていた。

犬の血だろう。猫はゆっくりと私に近づいていって距離が30センチくらいになったところでお座りの姿勢を取ってにゃあと鳴いた。
(もしかして、助けてくれたの)
私は猫にそっと近づく。
ねこは前足をなめていた。犬をひっかいたときの血がついているだけだと思っていたけれど猫はケガをしているらしい。
「手当てしないと」

そう思いながら猫を抱き上げようとしたその時、友達のお母さんが駆け寄ってきた。


「亜美ちゃん、よかった」
息を切らせて走ってきた友達のお母さんは私を心配してきてくれたようだ。私の手を取って起き上がらせてくれて尻や足をポンポンたたいて土を落としてくれた、
「あのね、ねこさんが」
私は猫がけがをしていることを言おうとしたが周りを見渡しても猫の姿はない。

「ああ、あの不幸を呼ぶ猫は私が来たとたんどっか行っちゃったよ。危なかったね。」
なにか誤解をしていた。
「違うよ、あの猫さんは私を助けてくれたの」

強く訴えたが、「猫に襲われて混乱してるのかい?」と言われてしまい信じてくれなかった。

あの猫はついに女の子を襲ったとかで大人たちが退治しようと動き出す。私はお母さんに何度も何度もあの猫は私を犬から守ってくれたんだと訴えたが聞き流されてしまう。

「お母さんのわからずや!!」

私は黄色いコートを手に取って家を飛び出した。夢の中だからできたんだろう。ほんとの私は内気でそんなこと子供の時ですらいえなかったのだから。
(猫さんを最初に見つけて逃がしてあげるんだ)
私は途中、クラスのお友達のお父さんやお母さんにすれ違ったけれど、そのまま走り続けた。

そしてあの猫を見つけた。公園の真ん中、かなり弱った様子で数羽の烏につつかれていた。
私は烏をコートを脱いで追い払い猫を覗き見る。
ねこはぐったり目を閉じて倒れている。まるで初めて会った時の様だとデジャブを感じた。

私は猫に触れようと手を伸ばすと猫は首を上げてシャーと威嚇した。

しかしその青い目は私ではなく私の後ろを見ていた。
「あっ」
そう思った時猫は私の横をする抜けていってとびかかった。
後ろを振り返ると壮太君のお父さんが網をもって立っていた。
そこに猫がとびかかっていく。
壮太君のお父さんは何の迷いもなく猫を網でたたいた。
にゃっ、
短い声を上げて地面にたたきつけられるねこ。

それがスローモーションのように感じた。
「亜美ちゃん、大丈夫だった?」
そういって笑いながら手を差し伸べる壮太君のお父さんが人間ではないように感じてそっとあとずさった。その時何かに殴られたような衝撃が走り走馬灯のように記憶が流れ込んできた。

トラックにひかれそうになった女の子を体当たりをして押し出して前足を怪我するところや、近所のおばあさんがリビングで苦しみだして床に倒れたのを見て縁側で助けを呼ぼうと泣いていた姿。汚れた墓石をなめて掃除したり、おぼれた子犬を助けたり・・・・とにかくたくさんの情報が流れていた。ケガをしたにも拘わらず人を助け続け、人間にけ嫌いされておいかえされてもすり寄ったり時には寄り添うなこの姿。
私は何を見ているんだろうと不思議に思った。
なんだかくすんだセピア色のシャボン玉の中に入って揺られているような気持ちだ。

(ああ、この猫さんは・・・・・この猫は人間が好きなんだ)

そう思った瞬間、顔面に何かがぶつかった。

「いだいっ(T_T)」
私は鼻の頭を押さえながら、ゆっくり伸びをして起き上がる。この前借りた本が本棚から落ちてしまったのだろう。

時刻は8時13分を指していた。
「やばい!!急がないと」

私は仕事着に身を包む。背丈は元通りになっていた。残念ながら、朝ごはんを食べる時間はとっくに過ぎてしまっている。

私は仕事カバンをひっつかみながらワンルームの部屋を出る。
(そういえば初夢で超能力が使えるように紙に書いて枕もとに置いておいたのに効果なかったな)

最初の曲がり角を曲がった先のモノに思わず目を見張り立ち止まる。

にゃーっ

道の真ん中に後ろ足を折り曲げて座っていた青い目が特徴的な白い猫。
ねこは私を見つけるとちょこちょこと私のほうに近づいてきてもう一度鳴いた。


『また、あえたね』

ねこがたしかにそう言っているのがきこえた。