「光と影は交わることが出来るのか」
今でも度々考えることがある
光あっての影、影あっての光
どちらかだけでは成り立たない
どちらも必要不可欠であろうもの
深海のような光の届かない世界や
白夜のような影が少ない世界もあるから
片方でも成り立つのかもしれないけど
必要だから “そう” なったのだろうと思う
正解なんて分からないけども
でも、片方を知っているから
もう片方も知ることが出来るんだよね
“そういう風に” 世界はできている
ぼくはどちらかと言えば影の人間だが
有難いことに、今ぼくの周りには
日向や太陽のようなあたたかな人が多い
みんなとても優しくて眩しくて
キラキラしていて怯えてしまう
仲良く出来るのか
分かり合えるのか
一緒に居られるのか
当初は性根の暗さ故に
色々と余計な心配をしたものです´д` ;
そんな心配もいつしか消えて
いつのまにか大事な居場所になって
俯瞰せずに、自分が自分のまま居られる
安心できる関係になっていきました
本当に感謝が絶えないし大事にしたい
(手を繋いでいてくれて本当にありがとう)
そこで最近気付いた
「光と影は交わることが出来るのか」
対の概念だし、人間も個であるし
完全に交わることは出来ないだろうが
木漏れ日や黄昏時などのように
やんわりと交わる瞬間がある と
もちろん人それぞれにはなるが
光側の人間と影側の人間が
手を取り合うことも出来るのだなと
思考する中で最近ようやく気付いて
なんというか腑に落ちたというか
安堵したような不思議な感じになった
なるほど💡って感じ(笑)
光側の人間にも少なからず影はあるし
影側の人間にも少なからず光はある
(もちろん全員とは言えないけれど)
光と影、どちらかを知っていれば
きっと自ずとどちらも知る事になる
何事も“そういう風に” 出来ているのだ
上手いこと出来てんなと思う
納得 は出来なくても 理解 は出来る
共有 は出来ないが 共感 は出来る
あなたが影に居る時は光になろう
ぼくが影に居る時は光になっておくれ
時には影同士に、時には光同士になって
気持ちを最大限に分かち合おう
そしてどちらかの世界だけではなく
木漏れ日のような交わる世界で
なるべく穏やかに生きたいと思う
どちらかだけでは疲れてしまうから
木漏れ日の溢れる大きな樹の下で
ひと息ついて眠れるような
あたたかくて優しい場所がどうか
あなたに見つかりますように🌳・°
ぼくもそんな場所になれるよう
まだまだ人間力極めていくぞ……!
精進あるのみ٩(`・ω・´)و
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