ありがとう。ぷち観音。
☆松原陽子
まっつんを初めてみたのは、さんまさんの恋のから騒ぎ。
彼氏のために早起きをしてカブトムシを獲って彼氏に渡す。それを彼氏が売って彼氏の財布の中に。そんなエピソードを持つ不思議な女の子だなー!!が第一印象だった。
その前の大阪NSC時代の『さらりぺろり』っていうコンビは観たことないですよ流石にね。
そこからそらてん娘のお天気お姉さんや、東京シティ競馬中継アシスタントのエセアイドルグループ「BAッキュン!」など応援のため足を運んだ。
そしてブレーンからGET所属になり…
☆安藤なつ
なっちゃんとコンビを組みぷち観音が結成された。
もともと僕はお笑いのアレやアレに、ちょっとだけアレだったので お笑い大歓迎だった。
初舞台は新宿PBPメスサンライブだった。
ネタは【ディーイービーユー選手権・応援ネタ】
企画コーナーでMCエルシャラ清和さんがせっかくフッてくれてるのに『わかりません』『なにも出ません』って言ってしまうまっつん。そりゃないだろ!それ言っちゃダメだろwって心配になった。
二回目の舞台は西口寄席。
お笑いが好きで、ぷち観音が結成される何年も前からライブに通っていたけど、出待ちをするのは この時が初めてだったかも。
ま『鮫さんっていって ずっと応援してくれてて この前の初舞台も観に来てくれたんだよ』
な『ああ。ライブ終わって挨拶しに直ぐ降りたけど もう居なかったんですよねー』
さ『一生応援しますよ ぷち観音』
ま『おお!聞いたなっちゃん今の言葉?』
な『言いましたからね!絶対一生応援して下さいよ!!』
本当に今でも鮮明に覚えています。

それからというものライブ出演が決まる度に観に行った。
ネタを考えるのが大変と聞けば、2週間おきくらいで 参考までとアレを渡したり
他事務所の芸人さんと仲良くなりたい!みたいなことを聞けば、差し入れを出演者全員分を持って行ったり(ぷち観音から楽屋でそれをみんなで食べれば それきっかけでみんなと話ができるかなって)
出待ちの会話もちょっとずつ変わっていった。
でもなっちゃんは いつも『あのネタなら松原が生きると思う』とか『松原はトークライブのアシスタントが多かったので なんとかそれを漫才に使えれば 松原がやりやすくなり目立ってくれると思うんですよねー』って まっつんのことばかり考え そして悩んでいた。あ、良い意味でですよ。
ネタもコントから漫才スタイルに変わっていき、自分達のカラーがどんどん出てきて
それと並行して ちょこまかとTVや雑誌などで見かけるようになり、CDデビューまでしたのに・・・。
さあ、これからもっともっと頑張って!!!!っていう感じだったのに。。。
【解散】は残念ですよ。
残念っていう言葉では収まりきれないくらいなアレですよ。
最後に結成した頃の写真を何枚か載せて終わりにします。
ぷち観音 なっちゃん、まっつん お疲れ様でした。
この約2年10ヶ月の経験を糧にして、後にこの解散は正解の解散だった、良い門出になったんだって言えるくらいになって下さいね。
たくさんの笑いと たくさんの想い出と
そしてたくさんのアレやアレを
ありがとうございました。








まっつんを初めてみたのは、さんまさんの恋のから騒ぎ。
彼氏のために早起きをしてカブトムシを獲って彼氏に渡す。それを彼氏が売って彼氏の財布の中に。そんなエピソードを持つ不思議な女の子だなー!!が第一印象だった。
その前の大阪NSC時代の『さらりぺろり』っていうコンビは観たことないですよ流石にね。
そこからそらてん娘のお天気お姉さんや、東京シティ競馬中継アシスタントのエセアイドルグループ「BAッキュン!」など応援のため足を運んだ。
そしてブレーンからGET所属になり…
☆安藤なつ
なっちゃんとコンビを組みぷち観音が結成された。
もともと僕はお笑いのアレやアレに、ちょっとだけアレだったので お笑い大歓迎だった。
初舞台は新宿PBPメスサンライブだった。
ネタは【ディーイービーユー選手権・応援ネタ】
企画コーナーでMCエルシャラ清和さんがせっかくフッてくれてるのに『わかりません』『なにも出ません』って言ってしまうまっつん。そりゃないだろ!それ言っちゃダメだろwって心配になった。
二回目の舞台は西口寄席。
お笑いが好きで、ぷち観音が結成される何年も前からライブに通っていたけど、出待ちをするのは この時が初めてだったかも。
ま『鮫さんっていって ずっと応援してくれてて この前の初舞台も観に来てくれたんだよ』
な『ああ。ライブ終わって挨拶しに直ぐ降りたけど もう居なかったんですよねー』
さ『一生応援しますよ ぷち観音』
ま『おお!聞いたなっちゃん今の言葉?』
な『言いましたからね!絶対一生応援して下さいよ!!』
本当に今でも鮮明に覚えています。

それからというものライブ出演が決まる度に観に行った。
ネタを考えるのが大変と聞けば、2週間おきくらいで 参考までとアレを渡したり
他事務所の芸人さんと仲良くなりたい!みたいなことを聞けば、差し入れを出演者全員分を持って行ったり(ぷち観音から楽屋でそれをみんなで食べれば それきっかけでみんなと話ができるかなって)
出待ちの会話もちょっとずつ変わっていった。
でもなっちゃんは いつも『あのネタなら松原が生きると思う』とか『松原はトークライブのアシスタントが多かったので なんとかそれを漫才に使えれば 松原がやりやすくなり目立ってくれると思うんですよねー』って まっつんのことばかり考え そして悩んでいた。あ、良い意味でですよ。
ネタもコントから漫才スタイルに変わっていき、自分達のカラーがどんどん出てきて
それと並行して ちょこまかとTVや雑誌などで見かけるようになり、CDデビューまでしたのに・・・。
さあ、これからもっともっと頑張って!!!!っていう感じだったのに。。。
【解散】は残念ですよ。
残念っていう言葉では収まりきれないくらいなアレですよ。
最後に結成した頃の写真を何枚か載せて終わりにします。
ぷち観音 なっちゃん、まっつん お疲れ様でした。
この約2年10ヶ月の経験を糧にして、後にこの解散は正解の解散だった、良い門出になったんだって言えるくらいになって下さいね。
たくさんの笑いと たくさんの想い出と
そしてたくさんのアレやアレを
ありがとうございました。








