沙痲です。
今回かなり長いです。
先日、名古屋にお邪魔させていただきました。
色々と予定があり3日間ほど滞在させていただきましたが、とにかくいいお天気でして。塩タブレットと水多めに持って行って本当に良かったです。
さて、今回名古屋にお邪魔させていただいた理由として、
1.推しアイドルのライブ(また今度お話します)
2.徳川美術館特別展
主にこの2つがありました。
前者についてはまた熱く語らせていただくとして、今回は後者の「徳川美術館」にお邪魔したお話をさせていただければと思います。
こちらの記事でちらっとお話したのですが、現在徳川美術館では開館90周年を記念され、「刀剣乱舞ONLINE」とのコラボレーション企画を実施しておられます。
前期(6月14日~7月27日)までは足利市との合同企画「伯仲燦然」が実施されていました。
徳川美術館所蔵の「山姥切長義」とその写しである足利市民文化財団所蔵の「山姥切国広」が共に並んで展示されたり、グッズも多数販売されたりなど大盛り上がりを見せ、無事終了されたとのことです。
本当はこっちに行くつもりだったけど前期/後期の日程調整をミスってしまったというのは内緒
国広見たかった...;;
私は他の予定との兼ね合いもあり、後期(7月29日~9月7日)にお邪魔させて頂きました。
後期は後期で特別企画もあり、なんと東京国立博物館より国宝の「三日月宗近」「岡田切」が展示されたりなど、前期/後期双方豪華な特別展となっております。
さて。
今回私がこの展示会に行こうと思った理由なのですが。
それはとある刀を死ぬ前に見たいと思っていたからなんですね。
それが
津田遠江長光(つだとおとうみながみつ)
備前長船派長光の太刀であり、おおよそ13世紀頃に造られたとされる国宝です。
国宝「大般若長光」と並ぶ長光の初期作の代表格であり、父である長船派光忠の作風によく似た華やかな刃文が特徴です。
徳川美術館所蔵であり、今回の展示会では前期後期通してみることが出来る展示品となっております。
津田遠江長光について、少しお話をさせてください。
津田遠江長光は古くは「海老背(えびせ/えびのせ)」と呼ばれた織田信長の佩刀でありました。あの武士がよく腰に付けてる刀の事です。
織田信長は愛刀家で、刀剣蒐集に執心していたとも言われており、織田信長所持の刀はいくつも記録に残っております。
前回見にいかせていただいた福岡の「へし切長谷部」も元は織田信長が所持していた刀なんですね。
しかし海老背は本能寺の変後に安土城より明智光秀に奪われ、本能寺の変にて功績を挙げた家老・津田遠江守重久に下賜されたのです。
こうして海老背は持ち主の名から、津田遠江長光と呼ばれるようになったんですね。
やがて明智光秀が破れると津田重久は豊臣秀吉のもとに下り、前田家へと仕えることとなり、その際に津田遠江長光は前田家所持となりました。
その後、徳川家5代将軍・綱吉の娘である松姫の婚姻の際に徳川将軍家に渡り、さらに時代を経て尾張徳川家へ伝わり、現在尾張徳川家に由来する徳川美術館所蔵となりました。
また、津田遠江長光/海老背については織田信長以前の記録がありません。織田信長がどこからか貰ったのか或いは奪ったのか、それとも織田家に代々受け継がれていたのか。それは実際、詳しくは分からないのです。
尾張の織田信長から始まり、尾張徳川家へと帰って来た。
なんとも数奇な運命を辿った刀なのです。
私は10年前。刀剣乱舞にハマったのをきっかけに様々な刀剣に興味を持ちました。
元々歴史が好きだったこともあり、特に織田信長に強い興味関心を持っていて、この津田遠江長光の存在を知った時からずっと、この刀が大好きでした。
「とうらぶにも実装されないかな」といつも考えていました。
この刀に魂が宿るなら、それはどのような人柄になるのだろう。
織田信長について、明智光秀について、彼は何と語るのだろう。
ずっとそう思っていました。
津田遠江長光/海老背は織田信長の佩刀ではありましたが、切れ味や武勲の逸話が無く、戦に使われていたというよりは大事に宝物として扱われていたのではないか?とも思ったりしました。
だから本能寺の変の際、本能寺ではなく安土城にあったのかも。
...語りだしたらキリがないですね。
そんな津田遠江長光も展示リストにある、ということで。
こりゃ行かないと絶対後悔すると思い立ち、8月頭のところで名古屋に行って参りました。
名古屋駅から電車で大体20分。
若干道に迷いながら、じりじりと高くなっていく日に嫌気を感じながら徳川園に到着。
中は木陰で涼しく、暑さで喪われた体力が徐々に回復しました...。
そしてついに!!!到着!!!!(なんでこんな写真斜めなんだろう...)
前売り券買っていたのでスムーズに館内に入ることが出来ました。
もし行かれる場合、前売り券買う事をお勧めします。
中には徳川美術館所蔵の武具や刀装、お着物、お面など様々な展示品を見ることが出来ました。
平日の午前中でしたが結構人がいらっしゃいました。それでもスムーズに観覧することが出来ましたよ!
お座敷コーナーがありました。豪華絢爛...。
さて、ついにお待ちかね。
「時をかける名刀展」へ!!
初手、三日月宗近がお出迎えしてくれました。
三日月宗近は写真撮影NGでしたので写真がありませんが、刀身は細身で傷も無く、「天下五剣で最も美しい」と言われる所以をまざまざと見せつけられました。素晴らしい。
そして
津田遠江長光です。
なんというか。前に立った時に言いようもない感情に襲われて、感動というか、ようやく会えたというか、上手く説明できないような気分になってしまい、思わず涙が出ました。端から見たらとんだ不審者でしたね。
鎌倉時代から現在に至るまで、美しく煌めいて。
幾度も主を替え、それでもこの尾張に戻ってきたこと。
8世紀の間という長い時の中で、様々な災害や騒乱が起きた中でも無事であったこと。
この刀を愛してくれた人々のおかげで、私は現在この刀とようやく相まみえることが出来たこと。
それが何よりも嬉しいです。
拙い言葉で申し訳ありません。
ただ、私は10年間求めていた刀を前に、何も言えず、ただ泣くことしかできませんでした。
ありがとうございます。徳川美術館さん。
死ぬ前にしたいことリストの一つを終え、胸に隙間が空いた気分にもなりました。
ですが確かに私は津田遠江長光を見ることが出来、本当に満足でした。
今回は少しポエミーかつセンチメンタルになってしまいました。
勿論他の刀剣たちもじっくり舐めまわす様に(!?)見させていただきましたよ!
今回の展示会の大目玉・山姥切長義もきっちり見てきました....。
備前国(現・岡山)は名だたる刀工が多く、長船派もまた備前の流派を受け継いだ刀工集団です。
東京の後家兼光然り、名古屋の津田遠江長光然り、私は長船刀に弱いのかも?
さてかなり長文かつとっちらかったレポになってしまいました。
割といつもの事でしたね。
また今回の展示会は9月7日まで実施しておられますので、もし興味があれば是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか?
それでは、このあたりで。
またいつか、もう一度津田遠江長光には会いに行きたいと思います。
時間が許す限り、私の命がある限り、何度でも。何度でも。







