いざ、取り組みを始めてみると、「J-GCP '97」は予想以上に求められることが多く,運用に当たっての疑問が数多く発生しました。今回は、それらの問題に対して、全国の仲間で協力して解決に取り組んだ経験について紹介します。


 

「J-GCP '97」の内容とその運用上の疑問に対応
 行政関係の文書というのは、具体性に乏しく、その内容の理解は簡単ではありません
(チャットGPTで理解しやすく翻訳できないものでしょうか ?)

 「J-GCP '97」も同じで、書かれていることをどのように解釈すればよいか、何度も迷いました。それなのに、全国一斉スタートのため、先行施設の経験に学ぶこともできません。

 

 その対応として行ったのが、前回のコラムで紹介した日本病院薬剤師会主催の「CRC養成研修会」のプログラムに「質疑応答」という時間を設けたことです。毎回の研修会の最後に、神谷晃委員長が進行を務め、時間を90分確保し、どのような初歩的な質問・疑問にも応じることにしました。これは、他の施設も同じように疑問を持っているのだという安心感と、その時点での解釈と対応案が得られるという点で、かなり効果的だったと思います(時間が足りないぐらいでした)。 

 

「メーリングリスト」の活用による情報共有

 もうひとつが、大学病院医療情報ネットワーク(UMIN : University hospital  Medical Information Network)の web メールのメーリングリストの利用です。

 

 現在は,電子的な情報通信環境も進歩して,SNS(Social Networking Service)の利用が一般化していますが、1998年当時は、ようやく全国立大学病院間で、業務目的での「電子メール」利用ができるようになった頃です。
 

 1999年8月20日のメール本文が残っていました。そこには、メーリングリスト「UMIN治験会議室」誕生のいきさつが書かれています(ほんと、記録って大切ですね)。たまたま、当時、UMIN薬剤小委員会の委員長を務めていたので、その管理を担当することなりました

 

 1999年2月13日に運用を開始した「UMIN治験会議室」は、当初、国立大学病院に所属するメンバーからスタートしました。その後、UMIN利用登録者の要件が「医療機関に所属する者」に拡大したので、CRC養成研修会で活動内容の紹介を続けることにより、様々な規模の医療機関と職種の参加者が増加しました。

 

 2014年1月には、メーリングリスト名称を「UMIN臨床研究・治験会議室」と変更し,全国各地の医療機関所属の300人以上が参加して情報交換が行われました(2016年5月20日までの通信数は9,642件)。

 メーリングリストでは、参加者からの質問に回答し合うだけでなく、次々と出される行政からの関連通知などの情報を共有しました。

 

 20年近く続けてきたメーリングリストですが、SNSを利用した身近な仲間同士の情報交換に移行が進んだことで、その役割は終えたとして、2018年3月に閉鎖しました。

 

「治験110盤」の出版

 日本病院薬剤師会「臨床試験対策特別委員会(神谷 晃 委員長)」が中心になって取り組んだことのひとつに、ポケット・サイズの「治験110番」の出版があります(CRCの意見を取り入れて、表紙の色を決めました)。 

 これは、CRC養成研修会の「質疑応答」と「UMIN治験会議室」でのやり取りをもとにして,全国のCRCと治験事務局担当者が協力してQ&A形式でまとめたものです。

 

 大変な編集作業や出版社とのやり取りも、文書作成ソフト(MS-Word)で作られたデータを電子メールで送受信できるので、効率よく進みました。当初は1冊のつもりでしたが、結局、3部作になり、治験関連業務の支援ツールとして、多くの方が白衣のポケットに入れて利用してくださいました。

 

 よく似た名前のものに、日本製薬工業協会が web で公開している「治験119番」があります。こちらは、治験の円滑かつ適正な実施の推進に寄与することを目的に、医療機関、SMO、CRO、製薬企業からの治験(企業主導の医薬品の試験(治験と製造販売後臨床試験))またはGCPに関する質問に対して医薬品評価委員会(臨床評価部会)が製薬協としての見解を示したものです。こちらは、現在(2024年2月)も、継続されています(このサービス開始には、「治験110番」がヒントになったかも)

 

“ある”ものは使う、“ない”ものは作る
 世界医師会の「人間を対象とする医学研究の倫理的原則(いわゆる、ヘルシンキ宣言)」をご存知だと思います。その大きな改訂が2000年10月に行われました(エジンバラ改訂)。これを受けて、日本では、2003年7月30日に「臨床研究に関する倫理指針」が制定されました

 

 この倫理指針が制定されたことで、CRC養成研修でも、「治験(新薬承認申請のための臨床試験)」だけでなく、院内で行われる「臨床研究」全体をカバーしなければならなくなりました。

 特に気を付けなければならないのは、侵襲のある介入研究でした。患者と組織を守るため、「診療」と「研究」の違いを医師に理解してもらうことが必要と考えました。

 

 直面する問題に迅速に対応するためには、すでに“ある”ものは有効に活用すること、そして、“ない”ものは造る必要がある ・・・ これを基本としました。そこで、現場の混乱を少しでも防ぐ目的で、専門家の協力を得て次のような書籍作りにも取り組みました。

 

 そして、CRC養成の取り組みから8年半遅れて、事務局担当者対象のセミナーも企画しました。そして、その講義と質疑応答の内容や関連通知をまとめて、書籍として発行(メディカ出版)しました。

 

 さらに、2005年頃から、「症例報告書」へのデータ記入方法が手書きから電子的入力(EDC : Electronic Data Capture)への移行が始まりました。当時、担当していた大学院生(佐藤美佳さん)が作成した図で、その全体的なイメージを示します。


 これは、CRCだけでなく、製薬会社側にとっても新たな動きであり、参加対象に制限を設けず、2006年から2009年に「EDCセミナー」を開催しました。また、この間に、CDISC研究班(木内 貴弘 班長)や製薬会社の開発担当者の方々の協力を得て、EDCを理解するためのテキスト(メディカ出版)も作りました。

 

 振り返ると、1998年からの10年間は、「世界標準の臨床試験実施体制」と「医療安全管理体制」の整備という大きな2つの課題に取り組めた、大変だったけど楽しい時期でした(45歳から55歳の時のことです)

 

余談ですが・・・

 日本病院薬剤師会の「全田 浩」第11代会長(故人)は、ずっと本委員会活動への理解と応援してくださいました(医療安全対策委員会を含めて)。委員会活動が継続できたからこそ、多くの問題を解決することができました。
 また、個人的にも、上司と折り合いが悪かった
20代(若気のいたり)から、色々とお世話になりました。感謝の気持ちで一杯です。

 

そして、最後に・・・

 研修会やセミナー開催数が多い委員会活動に関して、会場探しから、参加受付、研修会資料の印刷から当日の受付まで、日本病院薬剤師会事務局の方々には、大変ご負担をおかけしました。改めて、感謝いたします。ありがとうございました。