2010年9月、大学時代から住み慣れた金沢市を離れ、山口大学で仕事を始めました。
新しい職場では、大学院医学系研究科教授(臨床薬理学)として採用され、医学部付属病院の薬剤部長を兼任することになりました。57歳でした。

 

今回から、山口大学医学部付属病院での “挑戦” について紹介します。まず、業務標準化のためのツール「副作用シグナル確認シート」です。

 

6年制課程の薬剤師を迎える !!

2006年4月から、薬剤師の国家資格を得るための薬学教育は4年制から6年制に変わりました。

山口大学に移った2010年は、6年制課程薬学生の臨床実習(11週間)を受け入れ開始の年でした。同時に、2012年3月卒業の6年制1期生を迎える準備に入る時期でもありました(2010年と2011年は6年制課程の卒業生はなし)

 

大変な課題ではありましたが、1977年4月に「病院薬剤師」を職業に選んだ者としては楽しみでした。

 

薬のリスクから患者を守る !!

臨床業務を拡大するためには、医師や看護師などの医療スタッフや事務職員、そして、患者にわかりやすいキャッチ・フレーズが必要と考えました。

思いついたフレーズは、「薬のリスクから患者を守る !!」。
薬物治療は、「有効性」と「安全性」の良好なバランスが必要です。医師は「有効性」に注目する傾向にあるので、薬剤師は「安全性」に注目することで、バランスが取れる・・・と説明できます。

 

「活動」ではなく「業務」であれば、誰が担当しても、その内容は同じである必要があります。そこで考案したのが、薬物治療を受けている「安全性」を確保するための確認シートです。

 

治療薬の有害作用(副作用)とは断定できないので、有害作用の初期症状の検出を目的とする「副作用シグナル確認シート」と名付けました。

 

業務の標準化のためのツール

 

この「副作用シグナル確認シート」の最大のポイントは、患者自身が自覚できる症状をまとめた点です。

シートの両面を使って、「皮膚の症状」「目の症状」「尿の症状」「手と足の症状」「お腹の症状」「呼吸や胸の症状」「血液の症状」「全身の症状」の8種類。それぞれに具体的な4症状が書かれています。

このシートの原案は、病棟担当主査(当時)の吉本久子先生と一緒に作成しました。

 

そして、業務で使用するためには丈夫なものが必要と、新しい薬剤師向け隔月刊雑誌「Clinical Pharmcist(メディカ出版)」の編集担当者(石上純子さん)に交渉し、第3巻2号(2011年3月)のとじ込み付録にしていただきました。

 

「副作用シグナル確認シート」は、病院業務だけでなく、薬局業務でも活用できるので、地元の宇部薬剤師会にも利用を働きかけました。そして、2011年4月から、宇部薬剤師会と共同で、外来患者の副作用モニタリングの試みをスタートしました。

 

目標は、病棟業務の標準化

ひと言でいえば、薬剤師の目標は「患者の薬物治療への貢献」です。病院薬剤師の場合、1988年4月の診療報酬改定で「入院調剤技術基本料(後の薬剤管理指導料)」が新設されてから、全国で対人業務が行われていました。これは、患者ごとの「個別評価」の算定です。

 

ただ、その業務は、担当する薬剤師によって“差”がありました。つまり、自己流「病棟業務」です。それは、当時、“病棟活動”と呼ばれていたことからわかります。

“病棟活動”から“病棟業務”に移行するためには、「業務の標準化」が必要でした。

 

病棟業務の標準化のためのツールのひとつが、「副作用シグナル確認シート」です。全薬剤師が、薬物治療を受けている患者のリスク度に合わせて、「副作用シグナル確認シート」を用いて患者観察を行うことを計画しました。

リスク度は、(1)投与されている医薬品と(2)患者の状態から評価します。
リスク度が高い医薬品は、①発売1年以内の新薬と②ハイリスク薬としました。
また、リスクの高い患者の状態は、①腎機能・肝機能低下患者、②合併症の治療薬服用患者などとしました。

 

2012年4月の診療報酬改定で、「病棟薬剤業務実施加算」が新設されました。こちらは「体制評価」なので、全病棟が対象です。

 

2012年は、個別評価の「薬剤管理指導料」の算定件数増加を進めながら、薬剤師増員の交渉を進めました。

当時の岡 正朗 病院長(その後、学長)と事務部のご理解とご支援を受けて、予想を超える増員(36人→54人)が認められました。


2012年4月に3人、2013年4月に7人と、6年制課程卒業の新しい仲間を迎え、「病棟薬剤業務実施加算」取得に向けての取り組みを進めました。“立場を同じにする”ため、薬剤部長、副部長とCRC兼務を除いて、全員がチームで病棟を担当することにしました。

 

そして、2013年4月から7月にかけて、病棟担当薬剤師の意見を聞きながら、吉本久子先生が整理してくれた計画に基づいて、「病棟薬剤業務実施加算」算定要件を段階的にクリアしていきました。


病棟担当薬剤師や事務職の皆さんが、この計画を理解し、一緒になって取り組んでくれたこと、また、看護部の皆さんが協力してくれたことで、2013年9月に「病棟薬剤業務実施加算」の請求を開始することができました。

 

そして、3年後の2016年には、薬剤師1人当たりでは全国立大学中2位の算定件数をあげるまでに業務拡大が進みました。
(皆さんへの感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました !!)

 

 

●病棟薬剤業務に向けてどんな準備をするか 大規模病院:病棟薬剤業務に向けた標準モデル構築

吉本久子

月刊薬事 55 (6) : 923-927,2013

 

なお、病棟業務拡大に向けた具体的な進め方を、「つまずくポイントと対策がわかる 病棟薬剤業務ハンドブック」(じほう、2014年6月発行) の総論と各論Ⅰ(50ページ)にまとめています。

 

余談ですが・・・

アィディアというのは、いきなり産まれるものではありません。「副作用シグナル確認シート」の場合も同じです。

患者に「医療のパートナー」になってもらうという発想は、USA医療の質委員会の「To Err is Human」で薬物療法の安全性を向上させる戦略として「⑫患者に自分が受けている治療に関する知識を持たせる」から生まれました。
金沢大学病院「医療安全管理部」時代に、このようなハンドブックを作り、その中に、患者に向けて「ショック時の初期症状」をイラスト入りで載せたこと(2010年)が、「副作用シグナル確認シート」につながりました。



余談を、もうひとつ。
「標準化」は、業務の効率化につながります。そして、病棟担当者の人数が増え、業務にも慣れたことも加わり、「超過勤務時間」が減少しました。これは、「労務管理」上、うれしい成果です。

ただ・・・一部のスタッフから「給料の手取り額が減った !!」と苦情をいただきました。