いきなりですが、この写真を見てください。
これは、院内の「治験審査委員会」で審査する必要のある“安全性報告”の1か月分のファイルです。

 

2004年には、治験依頼者から送られてくる1月分の“安全性報告”量は、厚さにして25~30cmにもなりました(金沢大学病院) !!

 ●治験 :厚生労働大臣への承認(新薬、適応拡大)申請を目的とした臨床試験 
 ●安全性報告 : 個別症例安全性報告(ICSR : Induvidual Case Safety Reporting)


 

これだけの資料を、委員会の限られた時間で評価することは難しいだけでなく、各委員に配布する資料印刷も重労働でした(もちろん、紙のムダ !!)。
 

これは、「J-GCP '97」完全実施の1998年後に、新たに発生した問題でした。そこで、日本製薬工業協会(製薬協)臨床評価部会のメンバーの方々と一緒に問題解決に取り組みました。2001年のことです。今回は、その経験を紹介します。
 
 

 

「J-GCP `97」の完全実施以降、「安全性報告」が急増 !!
治験に協力してくださる被験者の皆さんにとって、最大の関心事は「安全性」です。このため、医療機関の「治験審査委員会」では、治験依頼者の製薬会社から報告される“”について、被験者の安全確保と同意意思への影響の有無を評価する必要があります。

 

「J-GCP '97」完全実施以降、治験依頼者(製薬会社)から治験実施医療機関に送られてくる「治験薬」の“安全性報告”症例数の推移です(金沢大学病院)。

 

当時、金沢大学病院「臨床試験管理センター」で、この“安全性報告”の管理を担当しており、2000年になって、“安全性報告”量が急増しているのに気づきました。そして、「このままでは、大変なことになる !!」と危機感を持ちました。

 

まず、法令に従って医療機関に報告する必要のある“安全性情報”も整理しました。

●臨床試験における有害事象報告の問題点の分析
古川 裕之,内潟 将宏,石崎 純子,松嶋 由紀子,長田 幸恵,松田 静枝,横山 英子,清水 栄,分校 久志,宮本 謙一
臨床薬理.32(6):287-294, 2001

 

続いて、“安全性報告”の症例を、次の3点から分類してみました。その結果を表にまとめました。

  ①その事象は、「未知」のものか?
  ②その事象は、「重篤」なものか?

  ③その事象は、治験薬投与との「因果関係がある」か?
 

●臨床試験における有害事象情報の効率的な提供システムの構築
古川 裕之,内潟 将宏,松嶋 由紀子,長田 幸恵,横山 英子,石崎 純子,清水 栄,神谷 晃,宮本 謙一
臨床薬理.34(1):7-12,2003

 

治験の継続と被験者の安全確保・同意意思への影響において最も重要なものは。「未知、重篤、因果関係がある」事象です。そして、「未知、重篤、因果関係が否定できない」事象と続きます。

 

電子データとして管理する !!

2000年頃には、表計算ソフト(MS-Excel)を職場でも使用できましたので、問題解決のために、次の2点を目標に設定しました。2001年のことです。
  ①“安全性情報”の分類に基づく委員会審査のメリハリ

  ②治験依頼者から医療機関への“安全性情報”電子データ(MS-Excel)の提供

 

ただし、“安全性情報”を治験依頼者から電子データの提供を受けるには、新薬開発企業が加盟する日本製薬工業協会(製薬協)との交渉が必要であることから、当時所属していた日本病院薬剤師会「臨床試験体得特別委員会(神谷 晃 委員長)」の活動のひとつとして担当させていただきました。


2001年10月に別府 P-con プラザで開催された「CRCと臨床試験を考える会議」で、日本製薬工業協会臨床評価部会の林 修嗣 部会長と意見交換を行い、2002年から、一緒に課題解決への取り組みを開始しました。

 

まず、製薬会社から電子データとして提供を受ける“安全性情報”の情報項目(案)と入力ルール(案)を作りました。

 

こちらは、世界共通であるICH E2b/M2 の ISCR項目を反映して決定した「日本病院薬剤師会標準版」としたデータ項目(案)です。これを表計算ソフト(MS-Excel)で作成するので、「ラインリスト」と呼ぶことにしました。

医療機関への安全性情報伝達モデルについて
西 利道、油木 慎平、須藤 武、汐見 昌夫、鈴木 英明、多田 壽之、橋本 清 一郎、丸井 裕子、林 修嗣
臨床薬理 35 (1):19-28, 2004

 

金沢大学病院では、治験依頼者から提供を受けた電子データを用いて、次のように“安全性情報”を「未知・既知」、「重篤・非重篤」と「因果関係の有無」で分類(フィルター機能を利用)して委員会資料(10~20ページ)を作成しました。

そして、委員会会場には、冒頭の25~30cmの全資料を1部だけ持ち込みました。

 

“安全性報告ラインリスト”が「業界標準」に

その後、製薬協臨床評価部会で、「個別報告共通ラインリスト様式」がまとまり、2009年2月に、製薬協加盟会社に対して、その利用を求めることになりました。

当時の製薬協のホームページには、「このラインリスト様式は、当時、ICH E2Fトピックで検討されているDSUR(Development Safety Update Report)のラインリスト項目や、既に市販後で活用されているPSUR(Periodic Safety Update Report)のラインリスト項目も考慮して作成されたものです」と書かれていました。

●実施医療機関への安全性情報伝達ガイダンス
大石 純子、丸井 裕子、作広 卓哉、大島 裕之、吉田 誠、西 利通、竹内 豊
医薬品研究 40(5):259-272, 2009


現在、このページは削除されていますが、ここでは「個別報告ラインリスト」のイメージが示されていました。
※ホームページ上に表示される画面は削除されることがあるので、必要なものはスクリーン・ショットで保存しておく必要があります。



こちらは、「個別報告ラインリスト」の入力例です。


そして、こちらは「定期報告集積一覧」イメージです。


 

余談ですが ・・・

幕末の“黒船”のように感じた「J-GCP '97」への対応を通して、製薬会社の皆様お知り合いになれたことが、医療機関だけではできない問題解決につながるきっかけでした。
そして、この時の経験が、前回のコラムで紹介しました「RMP概要シート」の実現につながっています。


この取り組みのうち、金沢大学病院でのデータは、厚生省科学研究の一部としても活用させていただきました。

★平成15年~17年(2003年~2005年)度厚生科学研究費補助金(医薬品医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業)
製薬企業及び医療機関における日米EU医薬品規制調和会議 (ICH) 医薬品規制用語集の適用に関する総合研究報告書(開原成允)
病院における薬剤部門からの検討 - 医療機関と製薬企業間の安全性情報の電子的伝達における標準化 - 分担研究報告書(古川裕之)