久しぶりですが
DiBlasiで巡る街道の旅の続きです
え~っと
どこまで進みましたっけ
あ、関ヶ原まで来たんだった
次は、垂井宿へ向かいます
関ヶ原宿の脇本陣は、門だけになっていました
本陣を探したのですが、この裏にある八幡神社に、当時の木が残るのみ・・・
寂しいですぜ、関ヶ原
古戦場はいっぱいあるんだけどね
国道21号線を東に向かいます
”関ヶ原たまり”という なんだかいい感じの建物発見です
ちょっと寄ってみます
どうですかこの通り
板壁の建物と、蔵の様な建物
DiBlasiさんが何処にいるか分からないぐらい溶け込んでます
ここは、醤油屋さんですね
それも、宮内庁御用達とあります
すごい由緒ある醤油屋さんなんでしょうね
でも、江戸時代からあるのかと思ったら、
創業は明治32年とありました。
1899年だから え~っと
2022-1899=123年
比較的新しいかなといっても100年以上の歴史があります
明治が新しく思えるのは、街道沿いに残るお店の創業が
300年前とかなので、麻痺してるのかもしれません
(柏原宿 亀屋さんは寛文元年(1661年)創業 )
街道を進みます
DiBlasiにとって
とても辛いことは
段差を走ること
大きなタイヤのバイクなら、少々の段差など気にならないと思いますが
なんて言ってもこの小さなタイヤなので
段差に躓くのですよ
サスペンションも貧弱なので
フロントフォークが折れるんじゃないかと思うことも多々
で、やって来たのは
ここ
やべ! と思った時には時すでに遅し
ガコンガコンと段差に乗り上げます
これが強烈
なんてことの無い特殊舗装のように見えますが
わずか4㎝程度の段差なのに、下から突き上げられ
スピードはどんどん下がっていきます
特殊舗装の効果は抜群ですが
小径タイヤにとっては、恐怖でしかない・・・
道路管理者に言いたい
「壊れたらど~すんねん。部品は海外から取り寄せなあかんねんで・・・」
もうちょいマシな舗装にしてください・・・
松並木が続きます
電車が追い越して行きました
樹齢300年を超える松もあるとか
どれかは分かりませんでしたが
少し広場のようになっているところに来ました
奥に祠が見えます
ここは、六部地蔵
法華経を66部書き写し、それを各霊場へ納めるという
巡礼があるようです
その巡礼中の僧がこの地で亡くなったため、村の人たちがお地蔵さんを建てて供養したようなのです
で、どういうわけか
ここをお参りすると歯痛が治ると噂が広まり、
今では歯痛地蔵と呼ばれているとのこと
そっか~
歯痛が治るのか
歯痛はめったにないので
腹痛を治してくれる 腹痛地蔵があれば毎日お参りするんだけどなぁ・・・
続いてやって来たのは
井戸・・・
いえ、この辺りは、野上という地区
またの名は 遊女の里
その昔、この地は東山道の宿場でありました
遊女の一人 花子
(はなごと読みます。山田花子を思い浮かべないように)
吉田少将は東国に向かう途中
この地で宿をとり、花子と恋に落ちます
(海辺で見た仲の良さそうなカップル)
花子は少将と別れた後も少将の事を想い続け
食事も喉を通らなくなり
Eカップの豊満なバストがダウンサイジング
したかどうかは分かりませんが
遊女というお仕事に身が入らなくなり
この里を追い出されてしまいます
花子は少将がいるであろう京都を目指し彷徨い歩き
その姿から、斑女と呼ばれるように・・・
一方、東国から戻った少将は、花子がいなくなったことを知り、落胆し失意のまま京へと戻ります
少将は花子に会えぬまま、時だけが虚しく過ぎ去っていきます
ある時、少将は下賀茂神社にお参りへ向かいます
(住吉大社)
すると、向かいのホームに停まっている電車から
見覚えのある女性が降りていきます
慌ててホームに降り立った少将
彼女は、電車を降り改札へ
後を追う少将は、下賀茂神社の境内で彼女に追いつくのです
花子の持つ扇子は少将が手渡したもの
間違いない
「きみの名は・・・」
って、違いましたっけ
え~っと
どうも、アニメ「君の名は」になってしまいます・・・
ほんとうのお話を知りたいと思ったそこの貴方!
この花子の淡い恋物語は、能の斑女としてが語り継がれておりますので
是非一度、日本の伝統芸能に触れてみてはいかがでしょうか
さて、国道を渡り
街道を進みます
右手に現れたのは
垂井の一里塚です
4kmってバイクだとあっという間ですね
踏切をわたります
DiBlasiのバリエーターは、ほとんど変速しなくなってきました
もう、グリスの効果が無くなってきたようです
右側の塚は西の見付
この辺りから、垂井宿になります
垂井宿の本陣はと
本陣は?
どこや
高札場が再現されていて、保存状態の良さそうな宿場なのですが
本陣が見つかりません
う~ん
どこやねん
あ、もしかして
ここ?
え~
ここ・・・
本陣は江戸中期に焼失
再建されたものの、明治時代に小学校の校舎となり
今は看板が残るのみとなりました
いい雰囲気の宿場なのですが、ちょっと残念
なお、
垂井宿は
本陣が1軒、脇本陣が1軒旅籠 27軒です
今まで、旅籠までしか書かなかったので
宿場の規模がつかみにくいかな?なんて思い始めました
今更なのですが、宿場内の建物の数も表記したいと思います
宿場内の建物数(本陣等も含む)は315軒ほどありました
さて、今回の街道を巡る旅は 近江八幡から垂井まで
約50kmの行程でしたが
トリップメーターは72kmを示していました
結構走りました・・・
ふぅ
疲れた
ここでいったん家に戻ります
車を置いてある垂井の駅までいき
Diblasiさんを折りたたみます
袋に詰めて、車に積み込み
大阪に帰ります
ちょっと小腹が空いてきました
おやつは、ファミチキBURGER
おいちい
次は、赤坂宿を目指します
いつもの通り動画を作りました
見ていただけると幸いです
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