私は結婚してから3ヶ所目の転勤地「仙台」に住んでいます。
東京生まれ、埼玉育ちで田舎のなかった私にとって、札幌や仙台での暮らしはカルチャーショックの連続でした。
寒い地域にご縁があるようで(笑)慣れない雪かきをしたり、大自然がすぐそばにあり、温泉があり、海や山の幸もたくさん♪
誰も知らない土地「仙台」でも周囲の人に恵まれ(この件はまた後日♪)埼玉では味わえなかった地域とのコミュニケーションなどもあり、はじめて子連れで来た仙台で右往左往しているあやにも優しい街なんです。
赴任して2年。
仙台という街が「ホームタウン」になった頃…
東日本大震災が起こりました…
あやはたまたま行っていたせいさんの幼稚園で震災を経験しました。
午後2時46分…
いつもなら「そろそろせいさんの課外活動のお迎えに…」と車に乗り込む時間。
その日は課外活動の修了式で親子ともどもの活動だったのは本当に偶然だったんです。
先生からのお話があるので、先生が隣の教室に子どもたちを連れて出た5秒後、異様な地響きがしてお母さんたちが「ちょっとまずくない?」と立ち上がった瞬間、ものすごい南北方向に横揺れが始まりました。
あわてて隣の教室に行くと机の下に潜り込み恐怖で「ママ~」とさえ言えない子どもたちと潜っている机が動かないように必死で押さえてる先生の姿が…
お母さんたちの潜る机はなく、いつ割れるかわからないガラス窓の下にしゃがみこみ、必死で子どもたちに「大丈夫!大丈夫!」と叫ぶお母さんたち。
揺れてる最中、「バンッ」と電気が一斉に落ちて、ここで初めて「これは大変なことが起きたのかも…」と気付いたのでした。
園庭に避難しようにも少し収まったかと思うとまた大きな揺れ。
その時間が長く、長く感じたことは今でも強く残ってます。
やっと外に出てみるとバス待ちで約半分の園児が着の身着のまま、靴もはかずに出てきたのですが、ここは仙台。
先生たちが余震の中、子どもたちの靴やジャンバーを取りにいってました。
小雪がちらついてるなか、町中からはなんの音も聞こえず、幼稚園内は鳴り止まない警報器、空にはたくさんのヘリコプターが海岸線の方へ飛んでいき…
あわててお母さんたちが携帯で情報を拾うなか、私が目にしたスマホサイトのニュースでは「大津波警報、予想10メートル超」
「これはヤバイ」と思うにも余震がひっきりなしで動くこともできずにいたらパパからの奇跡的に電話がつながり「なにやってるっ!早く幼稚園を出て、ゆうさんを迎えに行け!」と強い指示が…
そう…せいさんの幼稚園は海岸線からの距離が微妙だったのです…
すぐさま山の上の駐車場から海岸方向から真逆の山道を下り、ゆうさんの学校に向かったのでした。
「ちょっと思い出して手が震えてきてしまいました…
でも、きちんと覚えておきたい、そしてあやの中である程度消化したい出来事なのでまたあとで書きます。」