No.61 What should I do? 私は何をすべきでしょうか?
「女性言葉」は英語にもある!?
先日、あることを、ある本で確認の最中、思わぬ説明を読んで、あわてました。それは以下の表現は女性が主に使い、男性はめった言わないというもの。更にその本によれば、これを知り合いならいざ知らず、初対面の場で男性が発言すれば、“わたし、どうしましょう”と、ホモか何か異様な印象を与えるとも書かれていました。要旨引用「涙と笑いのEnglish雑学知識」クラブAtoZ編 はまの出版
What should I do?
説明を読んで、積年の恥ずかしさを、いまさらながら禁じ得ませんでした。というのは合弁会社時代の9年間に、米人副社長付きの私はこの表現を結構使った記憶があるからです。もちろん「感情表現」においては女性しか言わない表現がある事は認識していました。
“まさか、この誰でも言いそうな表現が”の想いで真偽を確かめるため、私は先々週のある英会話サロンに参加された米国人に確認したところ、結論では“間違いではないし、そのまま理解できるが、普通には、commonly、女性が使い男性はあまり使わない”とのこと。私は過去の記憶もあることから、この説明に飽き足らず、質問と疑問を重ねたところ、彼曰く、言葉を慎重に選びながら、まず男性の特性からして、主体性ある個人の意見、考えはキチンと持つべきもので他人に相談するというのは二義的なものとの認識と、そんな前提の社会生活と理解すれば解りやすいでしょうか? との丁寧な説明で、実は私の過去の名誉挽回にはなりませんでした。
さて、英会話学習者として、これをどう思いますか?
まず私が無関心ではいられない問題点と心理状態とは:
①この表現の運用面を知らなかったことの不甲斐なさ。
②日本語の鮮明な男女表現の違いは英語には無いのが一般論。しかし比較文化論的観点でみれば、また外国語を極めんとすれば、奥は深く注意を怠れない。
③ 身長175cm 筋肉質のやや屈強?な男(当時)がこの女性表現でやった日には“様”にならなかった筈との後悔。残念ながらボスからの注意は一度もないままであった。
④ 先週のサロンでの米人の説明は比較文化論に迫るもので、日本人には重く受け止める部分を内在。
⑤ 在日・在住のネイテイーブの方々の多くは日本人の英語の特性を知り尽くしており、どんな英語を聞いても彼らには「許容範囲内」であるという実態についての強い認識が要る。
⑥ 日本で生まれ育った者にとって、この辺の英語の深遠部の課題も付きまとうが、少しでも理解の幅を広げそれを知識として積み上げる努力が要ること。特に国際社会に関わるものには研鑽を怠れない。
以上、いかがでしたでしょうか? 助動詞、shouldがかもすニュアンスによるもの、What am I going to do? くらいが普通のようです。今後私は同じ轍を踏むことはあり得ないでしょう。