一昨日、実家の(超マイペースな)弟から 
『お父さんお母さんも誘ってドライブに行こう』と連絡がきました。
わたしは なんだか疲れていたので、ワクワクしなかったのですが、一斉送信されたメールを見た娘は 返事する前から うきうき。

“疲れていて気が乗らないから”は 理由にならない と なぜか決めていて
どうしようかな〜と 迷っていました。

娘は『一緒に行こうよ』と言うし
父や母も 一緒の方が喜ぶことは分かっています。
のらりくらりと 弟に返事をすると
【行く】と勝手に決定した方向で 話が進みます。


んー。

なんだかんだと理由をつけて 最終判断を先延ばしにしていたけど
わたしは 家で何もしないで時間を過ごしたいんだと気付いてしまいました。

迷っていたのは
行くか行かないか ではなくて
いつ どのタイミングで断るのがスマートか
だったんです!!(◎_◎;)

自分に素直になろう、と思い
勇気を出して 行かない
と連絡しましたが
幼い頃から散々喧嘩して仲直りしてを繰り返してきた 今さら気を遣うはずもなさそうな 弟にさえも、ものすごく気を遣っていたことに気付きました。

わたしがちょっと無理して
身体の声を無視して
ちょっと我慢して行っちゃえば
みんなが喜ぶし
丸くおさまる

…って 子どもの頃から
ずーーーーっと やってきましたが
やめました。

案の定 実家の父からは
「ただ車に乗ってるだけなんだから
一緒に行こうよ〜楽しいよ😃」
と メールが来ましたが。。。
プレゼント作りながら
あげる相手のことだけを 考える

どんな反応するだろう?
喜んでくれたら 嬉しいな

そんな時間を過ごせるなんて、
わたしも プレゼント もらったみたい。

愛は循環してるんだね。
上手になりたい 上手になりたい
って もがいて
焦っていたけれど
どうして滑っているのか?
考えてみたら
出来ても出来なくても 変わらないことに
気づいてしまった。

もちろん 出来たら嬉しいし
上手になれたら 嬉しいけれど。

出来ないままだって
下手な ままだって
何があったって
変わらない。

滑ることは
単にツールにすぎない…ってこと。