3年も、ほったらかしにしておいた、ブログサイト。
大変失礼しました。
中途半端に急に終わっている、お気に入りのブログの最後のページに、何度もアクセスして、何が起こったのだろう、と想像を膨らます経験があったにも関わらず、どう終わらせるのか、も分からず・・・
このブログは、私にとっては、アウトプットの一つ。
情報系では全くなく、ただの毎日の気づき、発見を、家族友人知人向けに、書き始めたもの。
実物の私自身を知っているというのが前提、のつもりだった。
匿名とは言え、公共の場に出しているので、不愉快な情報は出さないようにしていた。
私の存在の、ごく一部を、いわば楽しいポジティブ面のみ表現しているので、このブログから発信している事が、私の人生の全てではない。
そして、実際に会う家族や友人と話をしていて、どうも実際に起きている事との、ズレ、誤解が生じている事に気づいた時、
一方的な発信は、実際の人間関係には、むしろ障害になるのかも、と思うようになったのだ。
FBのいわゆる定番型投稿内容からの受ける印象も然りで、ポジティブな表現のみが、他人と理解を深める手段ではない。
普段話さないような内容が投稿されている場合、なるほど、こういう事に興味がある人なのだ、とか、
ある特徴的な表現の方法によっては、ああ、この人はこういう面を他人に見せたい人なのだ、という面が見てとれるという意味では、奥が深いのかもしれないのだけれど・・・
表現癖とか、影響を受けている周囲環境とか、実際の人物の印象と異なる事の多い、メールやSMS表現の印象と同じく、日常の井戸端会議の延長でしかなく、ある程度の期間を過ぎると、個のパターンが見えてくるのだ。
ミクシィを含めると、10年近く公共の場に投稿して、何をいまさら、という感じなのだけど、
共有できる時間を、大切にする事、その方に重点を置こうかな、と。
本人が自己表現しようとする面には限界があって、むしろ本人が気づいていない箇所を、引き出してくれる人が居た方がいい。
違う場面で、違う人と、色々な事を体験する。
そんな事を通しながら、他人の個性的な視点やその人らしさを理解する事、そこから自らに落とし込む事、そんな事を繰り返していく方が、いいような気がしてきたのだ。
ブログの匿名投稿で表現する事自体がワンパターン化して、自分でも飽きた、という気もする。
つまり、マイブームの終わり?ま、手前勝手な話なんですけど・・・
デジタル技術が進む時代、まだまだ色々な、個の表現方法のバリエーションがでてくるように思うけれど、
気ままにみんなから影響を受けながら、何かを作りつつ、ボンヤリと、ネット社会の一部として存在していくのかな?
そんな事を感じる今日この頃です。
ちなみに、最近も、いい意味でも悪い意味でも、あまり変わらず。
落ち着きなく元気に、R君とパリで過ごしています。
メールアドレスは変えていないので、そちらにご連絡を~
また会える日を楽しみにしています☆
