今日は少しばかり、ダラダラと長文で思い出話を失礼いたします
お急ぎでなければお付き合いくださいませ・・・


私の母は63歳、今年64歳になる

田舎の市民病院で看護師としてバリバリと働き、看護師のトップにまでなった

職業がら腰痛が酷く切開手術も経験したが、再発。
他の持病もあり体力的・精神的に仕事を続けるのが難しくなって
60歳の定年を待たずして退職した

今は体もツラそうではあるが隠居生活を存分に楽しんでいる様子


そんな母が学校の育友会の新聞に書いた古い記事を
先日物置をあさっていたら見つけた


母が超現役の44歳
私が中学3年生の頃のものだった



『子ども達への手紙

十年も前
心筋梗塞で入院し、病室で夫婦喧嘩の仲裁を頼んだNさんは
今は元気で道で出会うと「オッ!」と手を挙げる
私も「アッ元気?」

喘息発作で入院を繰り返したIさんは
転地療法の為の引っ越し先から今も電話がかかってくる
「発作は起こっていません、入院中は本当にありがとうネ」
でも彼が入院したのは六年も前・・・

糖尿病のKさんは
退院すると食べ過ぎて入退院を繰り返していたのに
ここ四、五年は姿を見なかった
そのKさんが、ある日救急入院し容体が落ち着いた時
「それはそうと、◯◯さん(母の名前)は今どこに勤務しているの?」と聞く
アッそうか、糖尿病のため前から悪かった視力が更に低下して
目の前にいる私が分からないのだ
「Kさん、私の声忘れたの?」と言うとしばらくして
「あ・・・解った・・・お久し振り・・・」と、やせた手を出し握手を求める
そんなKさんは八十二才

振り返るとキリのない、人々のふれあいの場面
看護の仕事についてよかったと思う

確かに仕事はきつくいつも忙しい
夜勤があって足は重い

でも、時には父親のように患者さんを叱り
時には娘のように笑って話を聞く

時には教師のように指導し
時には母親のように優しく背中をさする

生と死
喜びと悲しみ

残酷なまでに極端な場面に遭遇しながら
自己の存在感をみい出せるのは、患者さんとのふれあい以外にないのです

人は皆それぞれの生き方があります

何が一番と言い切れませんが
ひとつだけ言えるのは、今を精一杯生きる事だと思うのです

これから大人になっていくあなた達に、こんな母の今の生き方を知ってほしくて、手紙を書きました』  

平成5年9月1日発行 育友会だより すずかけ より



私が小さい頃の母の記憶は
一緒に遊んだ事ではなく、せかせかと家事を済ませ仕事に出かけていく後ろ姿


忘れ物を届けてくれるお母さんや
雨の日や寝過ごした日に学校まで車で送ってくれるお母さんや
鍵を持たずに家を出ることや・・・
憧れたことは数知れずあったけど

仕事だから・・・
共働きだから・・・
仕方がないと諦めてきた

それはきっと姉も同じだっただろう
姉はお姉ちゃんだから・・・と私よりもっと大変だったかもしれない


それでも学校に持って行くお弁当は必ずあったし
そういえば夜勤で母がいないときは父がお弁当を作ってくれたな( ´艸`)
あれ?姉だったかも・・・忘れちゃった(笑)


クラブ活動でいくら私が早く出かける時でも
母が家にいる時は必ず私より先に起きていた


一度、両親に一大決心で
しんどいから学校を休みたい
だから学校に電話してほしいと言った時がある

高校生の頃・・・
嘘ではなく本当に38度以上の熱があった


しかしウチの両親は
「薬飲んで学校に行け!お前は学校に行くのが仕事や!仕事は休むな!」
と怒り交じりで私に言った

この時は本当に悲しかった

結局登校したかしていないかは覚えていない・・・(^▽^;)
高校は皆勤賞だったから
夏休み中のクラブ活動を休みたいと言って休んだのかもしれない

なんせ親に熱でも学校を休むなと言われたことだけが鮮明に記憶に残っている


上記手紙にあるとおり
いつも全力で物事に向き合う母

体が辛くても病院に行く母
雨が降ろうが槍が降ろうが病院に行く母
地震が起きれば状況確認のため家の事より病院に行く母

病院に行けば看護師さんであって
私のお母さんではない

病院や病院の近くで母と一緒にいると
母は患者さんに会う度に挨拶をしていた
引退した今でも結構そういう機会に遭遇する

その横にいる私も
患者さん看護師さん誰彼問わず暗黙の了解で挨拶をさせられた

当たり前のことではあるがそんな病院がちょっと嫌だった



でも今になって思うのは
小さい頃から家庭内で社会勉強をしていたような感じがする

忍耐力・協調性・責任性など
様々な教えを受けていたのではないだろうか

もちろん家庭内だけが全てではなかっただろう
学校の先生やクラブ活動から影響を受け学んだことも多々あった

しかし根底にあるのは
父と母の教えなのではないかと思える

こんなに書くと
私が、どんなに素晴らしい人間なのかと思われるかもしれないが
そんな素晴らしい人間でもない
両親に迷惑も心配もいっぱいかけてきたし
いたって普通・・・


何が言いたいのかよく分からなくなってきたけど(笑)

中学生の頃に上記の母の手紙を見ていても
何の感銘も受けなかった(忘れていたぐらいだから・・・)

でも、社会人を経験して
結婚して
母となって

ここには書ききれないほどの色んな思い出とともに

超人並みの自分の母の姿を知る


母、すごいね。

私、まだまだだね。


いつか子どもに
自分の母は超人だったと思わせることってできるかな

できないかも。



でも・・・

「今を精一杯生きる。」


この言葉、胸を張って言えるような
そんな生き方がいつかできるようになりたい。