しなやかな獣たち -2ページ目

しなやかな獣たち

人生シャバダバよ!

折れぬ心を持つ事

日々は目まぐるしく過ぎてゆく。
未来への可能性に心を躍らせていた少年も
いつの間にか世界の広さや厳しさを知り
大人へと変わっていく。
どう在るべきかと考え、沢山の夢を手放していく。
努力なくして成功はない。
後悔する瞬間は人生に幾度となく訪れる。
でも五体満足でさえあれば
どんなに困難な状況にあっても
いつか必ず試練は乗り越えられるものだ。
水筒の中の水を見て
『もう半分しかない‥』と思うか
『まだ半分ある!』と思うかだけで
世界はまったく違って見えてくる。
劣悪な環境の中にあっても希望を捨てぬ者には
きっと明るい未来が待っている。
いや、その世界そのものがその者にとって希望なのだ。
例え、多額の借金を抱えたとしても
『身体が動いてくれるだけマシだ!』
『家族が元気で居てくれるだけでも有り難い!』
そう前向きに感謝の出来る人間で在りたい。
貧しさとは心が生む出すもの。
そしてチャンスとは・・
夢を諦めずに自分を信じた者にだけ訪れる奇跡なのだから。

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クロ戌 tarot-  copy

――ぼくがいるよ
(千葉県 富津市立富津小学校 四年 森田悠生君)

お母さんが帰ってくる!
一ヶ月近く入院生活を送っていたお母さんが戻ってくる。お母さんが退院する日、ぼくは友だちと遊ぶ約束もせず、寄り道もしないでいちもくさんに帰宅した。久しぶりに会うお母さんとたくさん話がしたかった。話したいことはたくさんあるんだ。

帰 宅すると、台所から香ばしいにおいがしてきた。ぼくの大好きなホットケーキのはちみつがけだ。台所にはお母さんが立っていた。少しやせたようだけど、思っ ていたよりも元気そうでぼくはとりあえず安心した。「おかえり」いつものお母さんの声がその日だけは特別に聞こえた。そして、はちみつがたっぷりかかった ホットケーキがとてもおいしかった。お母さんが入院する前と同じ日常がぼくの家庭にもどってきた。

お母さんの様子が以前とちがうことに気が付いたのはそれから数日経ってからのことだ。みそ汁の味が急にこくなったり、そうではなかったりしたのでぼくは何気なく「なんだか最近、みそ汁の味がヘン。」と言ってしまった。すると、お母さんはとても困った顔をした。

「実はね、手術をしてから味と匂いが全くないの。だから、料理の味付けがてきとうになっちゃって・・・」お母さんは深いため息をついた。そう言われてみると最近のお母さんはあまり食事をしなくなった。作るおかずも特別な味付けが必要ないものばかりだ。

し だいにお母さんの手作りの料理が姿を消していった。かわりに近くのスーパーのお惣菜が食卓に並ぶようになった。そんな状況を見てぼくは一つの提案を思いつ いた。ぼくは料理が出来ないけれどお母さんの味は覚えている。だから、料理はお母さんがして味付けはぼくがする。共同で料理を作ることを思いついた。

「ぼ くが味付けをするから、一緒に料理を作ろうよ。」ぼくからの提案にお母さんは少しおどろいていたけど、すぐに賛成してくれた。「では、ぶりの照り焼きに挑 戦してみようか」お母さんが言った。ぶりの照り焼きは家族の好物だ。フライパンで皮がパリッとするまでぶりを焼く。その後、レシピ通りに作ったタレを混ぜ る。そこまではお母さんの仕事。タレを煮詰めて家族が好きな味に仕上げるのがぼくの仕事。だいぶ照りが出てきたところでタレの味を確かめる。「いつもの味 だ。」ぼくがそう言うと久しぶりにお母さんに笑顔が戻った。

その日からお母さんとぼくの共同作業が始まった。お父さんも時々加わった。
ぼくは朝、一時間早起きをして一緒に食事を作るようになった。

お母さんは家族をあまり頼りにしないで一人でなんでもやってしまう。でもね、お母さん、ぼくがいるよ。ぼくはお母さんが思っているよりもずっとしっかりしている。だから、ぼくにもっと頼ってもいいよ。ぼくがいるよ。

いつか、お母さんの病気が治ることを祈りながら心の中でそうくり返した。

 

 

 



武士はいかに生きるかと同時に、いかに死すべきかを考える。
武士には正しい生き方があるのと同じく、正しい死に方がある。
これは命を粗末にしろ言う事ではない。無駄に死ぬ事は武士は犬死と言う。
無論、天寿を全うして死ぬのが良いが、もし死なねばならない時に誇りを捨てて、不正義の中に生きることを武士は選ばない。
いつでも死ねる勇気を持つことは、武士は正義の中で生きる事を保証する。

もし二つの道があり、どちらも同じ成功の可能性があるとすれば、武士はより死ぬ可能性の高い方を選ぶ。死ぬ可能性の低い方を選んでうまくいったとしても、それは腰抜けだからである。

巌頭之感
悠々たる哉天壤、
遼々たる哉古今、
五尺の小躯を以て此大をはからむとす、
ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、
萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、
胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、
大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

風に生まれ変わった僕を
最初に見つけてくれるのは誰だろう

削り取られた星の一部 その荒野に立ち
普遍の体を持て余しながら
迷路のような 自由の出口を探してる

Oversoul それは言葉や声を失った痛み
流れ出す緋色の涙で 何を潤せるだろうか
Oversoul 分断された過去と未来 だけど
君も僕も 全てを失ったわけではないだろう?

そう これからはずっと傍にいる
その透明な瞳で僕を捉えてよ そして手を繋ごう

露わな大地に喜びの種を蒔き 緑と夢を芽吹かせて
もういちど オアシスを取り戻そう… そして
仲間や精霊たちを呼び寄せて歌おう 共に…

Oversoul みなぎる力を全て この大地に捧げよう
溢れ出る涙を この星のエレメントとして
ゼロではなく一から始まる未来
だって僕たちは 全てを失ったわけではないだろう?

Oversoul 地上の祈りに 出来る限り応えよう
溢れ出るエナジーの全てを この星のエレメントとして
ゼロではなく一から始まる未来
だって僕たちは 全てを失ったわけではないだろう?…

Oversoul 幼い頃に見た「妖精」ティンカーベルと 再会できた
彼女も大いなるスピリットの エレメントの一部なんだ
ゼロではなく一から始まる未来
だって僕たちは 全てを失ったわけではないだろう?…

星に願いを託すとき  君が誰であるかは関係ない
 君の心が何を望もうと  きっと実現するだろう

あなたが心から願っているのなら  無理な願いなんてない
星に願いを託すとき  君が夢を見るように

運命はやさしく  愛し合う人々の
秘めた思いを  きっと満たしてくれる

青い稲妻のように  運命は君の元にやってくる
星に願いを託すとき  君の願いはきっと叶うだろう
あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。
私は、あなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するかを
知りたいと思います。

あなたが何歳かということも関係のないことです。
あなたが、愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることが
できるか知りたいのです。

あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。

あなたが本当に深い悲しみを知っているか、
人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが 怖いばかりに心を閉ざして
しまっていないかを知りたいのです。


あなたが、自分のものであれ、人のものであれ、
痛みを無視したり、簡単に片付けたりせずに、
それを自分のものとして受け止めているかどうかを
知りたいのです。


また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのもので
あれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身を
ゆだねることができるかを知りたいのです。

気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことは
ないさなどと 言わずに。

私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。

私は、あなたが自分自身に正直であるためには、
他人を失望させることでさえあえてすることが
できるかどうかを知りたいのです。

たとえ、裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは
その非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。


たとえ不実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかに
よって、あなたという人が信頼に値するかどうかをしりたいのです。


私は、あなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。

それが、見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に
美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。

私は、あなたがたとえ失敗しても、
それを受け止めてともに生きることができるかどうか、
それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かってイエスと
叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。

あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでも
いいことです。

それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、
どんなに疲れ果てていても、また朝がくれば起き上がり、
子供たちを食べさせるためにしなければならないことをするか
どうかを知りたいのです。

あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここに来たかは
関係ありません。

私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるか
どうかが知りたいのです。

あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。

私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、
あなたの 内側からあなたを支えるものは何かということです。

私はあなたが自分自身としっかり向き合い、
その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのか
どうかを知りたいと思っているのです。

「招待」

オライア・マウンテン・ドリーマー







ぐうたらな僕
小さなコップの中でそれでも必死こいてがんばってるんだけど,それは小さなバケツ をいっぱいにするだけの仕事もろくにこなせないような,そんな程度のもんなのですよ。そうでしょ?
小さなコップにみんなで水を入れるのであれば,それなりに気をつけなきゃ。

悪いのは誰かとか,考えても,そんなん仕方ないやろと。

「偽善者だあ」と言ったって,それがどうした。そう。俺は偽善者かもしれない。みんな偽善者かもしれない。
偽善であることのために,現実に何か問題があるかもしれない。でもね。
ここは完全にバーチャル な空間であり,どこにも何も影響なんかないんだよ。僕の頭の中にしかない。そんな場所なんだ。目をつむればもう何もなくなってしまう。そう思い込めなければ,ブラウザ を閉じればそれでおしまい。あなたがここを探し求めなければ,そのままサイトがなくなってしまってももうわからない。
でも僕の心の中にはそういう思いってないんだろうか。
掲示板 に書き込みする会ったこともない女性に「ブス!」とレスをつけるその心。でも美人 だったら,お相手お願いしたいんじゃないのお?なんて思ったり。
身近に肉親が死んだという人がいれば,「お気の毒に」と誰だって言うだろう。でも彼らきらいな人の肉親に不幸があったと聞けば,快哉を叫ぶんだろうか。そして僕の心の中にそういう部分はないんだろうか。
まあ,そんなことを考えたり,考えなかったりしながら,日々をおくっとるわけです。
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わが子へ

高校の恩師より頂いた年賀状に書いてあった言葉を送る。

新しい人生の門出に際し、生徒から兄貴と呼ばれ、終生敬慕された私の尊敬している教育者、西村久蔵がかつて高校を落第した時に、父の伸夫が彼に言った言葉を送りたい。

人生いろいろあらぁな。落第もある。破産もある。失恋もある。

しかしな、久蔵、ころべば起きりぁいいんだ。なあに人間ちゃんと生きて行けば、失敗もいつか勲章になる。お父さんはな、失敗は人間になくちゃならねえものかもしれねえと思ってるたいていの失敗は取り返しがつく。しかしなあ久蔵、命だけは取り返しがつかねえ

大変なお金持ちが、息子を連れて田舎へ行きました。
 息子に、世の中の人々が実際にどれほど貧しいのかを見せようと思ったのです。
 父親と息子は、田舎の大変に貧しい農家で数日を過ごしました。
 田舎での滞在を終えて帰る道中、父親は息子に「どうだ?」と尋ねました。
「とってもよかったよ、お父さん」
「どんなに貧しいか、わかったかい?」と父親が聞きました。
「そうだね。よくわかったよ」と息子は答えました。
「おまえはこの旅で何がわかったんだい?」
 息子はこう答えました。
「僕たちの家には犬が1匹しかいないけど、あの農家には4匹いたよ」
「僕たちの家には、庭の真ん中までのプールがあるけど、あの人たちのところには、どこまでも続く川があるんだね」
「僕たちは輸入したランタン を庭に下げているけど、あの人たちのところには夜、満天の星空があるんだね」
「僕たちは、小さな地面に住んでるけど、あの人たちの住んでいるところは、見えないぐらい遠くまで広がっているんだね」
「僕たちには、僕たちに奉仕する召使いがいるけど、あの人たちは、他の人たちに奉仕しているんだね」
「僕たちは自分たちの食べ物を買うけど、あの人たちは自分たちの食べ物を育てているんだね」 「僕たちの家の周りには、僕たちを守るための壁があるけど、あの人たちには守ってくれる友だちがいるんだね」
 息子の返事に、父親は言葉を失いました。
 そして、息子はこう言いました。
「お父さん、僕たちがどんなに貧しいかを見せてくれてありがとう」

           「100人の村は楽園 だった」より(さんが出版刊)