1年前から携わっていたドキュメンタリーDVDの制作がようやく終了。
そこで念願だった歯医者へ行きました。場所は麻布十番。
歯をガーガーいじられること=頭蓋骨にガーガー振動。というわけで頭ふらふら。さらに二日前の徹夜の疲れが一気に出て、足元ふらふら。
歯医者を出た途端道端で倒れそうになった私をかわいい女の子が迎えてくれました。
その子はきみちゃん!「赤い靴の女の子 きみちゃんの像」が見守り、癒してくれたのです。
かわいい子だったので、頭なでなで。

実在した「赤い靴」のきみちゃんは異人さんの宣教師の養女になったものの、病気で船に乗れなくて、この付近の永坂孤女院に引き取られ1911年9歳で亡くなったそうです。
その頃は近くの東洋英和女学院や麻布学園の生徒が孤女院にボランティアに来ていたといいます。
ちょうど村岡花子が東洋英和の生徒だったドンピタの時代です。(花子は10歳から20歳までの1903-1913在籍&寮生活)
朝ドラの中でも「教会の孤児院」が出ていましたが、リアルライフの中で花子ときみちゃんが出会ったかどうかは想像するしかありません。
ただ、その後花子が『赤毛のアン』や『ハイジ』など、孤児の女の子が元気に生きて行く物語を翻訳したのは、事実です。これはただの偶然なのでしょうか?

きみちゃんの実のお母さんは、きみちゃんが東京で亡くなったとは知らず、アメリカで幸せに暮らしていると信じながら一生を送ったと言います。
そこで念願だった歯医者へ行きました。場所は麻布十番。
歯をガーガーいじられること=頭蓋骨にガーガー振動。というわけで頭ふらふら。さらに二日前の徹夜の疲れが一気に出て、足元ふらふら。
歯医者を出た途端道端で倒れそうになった私をかわいい女の子が迎えてくれました。
その子はきみちゃん!「赤い靴の女の子 きみちゃんの像」が見守り、癒してくれたのです。
かわいい子だったので、頭なでなで。

実在した「赤い靴」のきみちゃんは異人さんの宣教師の養女になったものの、病気で船に乗れなくて、この付近の永坂孤女院に引き取られ1911年9歳で亡くなったそうです。
その頃は近くの東洋英和女学院や麻布学園の生徒が孤女院にボランティアに来ていたといいます。
ちょうど村岡花子が東洋英和の生徒だったドンピタの時代です。(花子は10歳から20歳までの1903-1913在籍&寮生活)
朝ドラの中でも「教会の孤児院」が出ていましたが、リアルライフの中で花子ときみちゃんが出会ったかどうかは想像するしかありません。
ただ、その後花子が『赤毛のアン』や『ハイジ』など、孤児の女の子が元気に生きて行く物語を翻訳したのは、事実です。これはただの偶然なのでしょうか?

きみちゃんの実のお母さんは、きみちゃんが東京で亡くなったとは知らず、アメリカで幸せに暮らしていると信じながら一生を送ったと言います。