孤独だとか不安だとか。未来が見えないだとか、うまく言い表せない悔しさとか。



処理するのが下手。



聞いてくれる人はいるのにうまく話せない。


いつも意味もなく平気なフリをして、妙な所で不満爆発。







たまに消えたいなんて思うよ。たまにね。
ずっとしつこく連絡がくる(けどあたしは返信まったくしない)人から2回目の告白をされたあせる




はっきり言って

本当に


気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い






中身もよく知らない人にそんなに執着出来るなぁ…

もう4ヶ月も顔を見てないのに。

何を根拠にそんなに好きでいられるんだ。









「○○君の事、多分これから先もずっと好きだよ。嫌いになることは一生ない。」

…これ、あたしがとある男の子に別れた後に言った言葉なんだけど、果てしなく気持ち悪い気がしてきた。


あの頃は純粋にどうにか気持ちを伝えたい一心で言葉にしていたはずなのになぁ…




「ありがとう」って相手は言ってくれたけど、今更自己嫌悪だ。







架空の想像上のあたしに恋をしている彼を見て嫌悪感を覚えるのは、あたしもまた想像上の誰かに懲りもせず恋をしつづけている事に対しての自己嫌悪の現れだと思う。



悪魔で空想上(過去の思い出)の誰かさんね。

現物にはもう未練はありません。


そこにご注意を(かなりのトラウマなのです)









何だかな…
他人を見てると、たまに自分を見ているようで辛いわ。

あたしもまだ21なんだしもっとファンキーな恋でもしてみたらいいのに。

なんでこんなに保守的なんだ…



※前回コメントには明日お返事します!!
コメントありがとうございますアップアップ

そんな事を最近は良く考えます。


因みにあたしは成り立たない派です。

自分は恋愛感情(下心)が無ければ「2人で遊びに行こう」とは誘わないし
「2人でどこかに行こう」と誘われた時は相手に下心があると承知の上で誘いに乗るか、はたまた断ります。



しかしながら男友達は友達じゃないのか、と聞かれると微妙な訳で…

ただ、女の子の友達と同列になることは一生ないと思います。

どんなに仲良くしても所詮、性別を意識しなくなる事はないんだと感じてしまいます。



何も考えずに2人で遊びに行くことは無いだろうし、

無邪気に同じ布団で寝ることもない

ドロドロとした部分を分かちあうこともない。


何だかそう考えると凄い距離を感じてしまう。







だとすると異性の友達っていうのは、大切な人を特別にする為の比較対象でしかないんじゃないかな。

そんな事を感じます。







そう考えると、なんだかとても切なくなります。

寂しくなります。

どうしてでしょう。






あたしの視野狭すぐる…(´∀`)

そろそろ卒業研究のキックオフの季節です(´∀`)

研究内容どうしようかな…




大枠としては

「非日常」を「日常」に近付ける

という所にテーマを置こうかな、と考えています。



「大枠」と言ったとしても大き過ぎる・・・


例えばだけど、

健常者でない人にとっての「日常」は健常者にとっての「非日常」。
健常者にとっての「日常」は健常者でない人にとっての「非日常」。

「時間」や「空間」や「思想」などにおいても人は常に区切られ、それぞれの「日常」と「非日常」を意識し溝をつくる。




だけど、どんなに相対する存在のように思えても、栄養をとって、排出して、睡眠をとって、人から愛され、人を愛していかなければ生きていけないって所は重なってる訳で…

つまり、




相互理解は可能なんじゃないかな

それをデザインで促す事はできないかな

って考えています。



人と人とが重なってる部分からだんだん相互理解を深めていきたい。


デザイン及びアートが一般の人にとって非日常であるなら日常に少しでも近づけたい。又は片鱗に触れてほしい。





「個人とは他者の存在なしには成り立たない曖昧な存在である」という答えが前の展覧会で見えてきました。

曖昧だからこそ人と人とは分かり合えるって私は思いたいんです。





さてさて…
プロセスと最終形態が全く見えなくて、まだまだふわっとした考えだ。

デザインって何?

とか言葉の意味に執着してしまってなかなか前に進みません。



曖昧の時も「真実」「事実」「虚実」のという言葉の意味についてディスカッションしてたら、結局、真実ってのは神様的存在により成り立つじゃないか、みたいなぶっ飛んだ感じになってもんもんとしてしまってたし(人間っていうフィルターを通して感じている事実は証明する方法がない、みたいな内容だった)。

でも結局ね、
「真実」や「事実」や「虚実」なんて言葉を作ったのは人間だからブレがあって当たり前だし、矛盾も生まれるし、捕らわれ過ぎるのもどうかな、って思うわけであります。




「何が自分にとって一番大事のなのか」

それを見失ってしまっている事実が本当は一番深刻な問題だ。




楽な悩みに逃げてちゃ駄目だよな…


いやはや、明日でlook & feelも最終日。来てくださった人達には感謝するばかりです!!

ブログを見てくれてた方、サボってすみません!!

死にかけましたが塩は生きております!!



どうにか3徹&1週間家に帰れないぐらいで済みました。

1週間ぶりに家に帰ったら、


「顔が歪んでる」

と親から言われ、若干ショックでした。


疲労とは恐ろしい。















今日は元カレY君が展覧会にやってきました!!!!

その時、旅行のお土産を貰いました。

そのお土産ってのが本(写真集)で、タイトルが




「ファック ザ ワールド」




www

全部英語www
ただひたすら海外の看板に書いてある文章の一単語をファックに変え続ける、って本www



何故ロンドンのお土産が「ファック ザ ワールド」www

出版してる会社カルフォルニアだし!!

もっと他にあっただろwww



久しぶりにかなり笑いました笑





いや、でもね
本当は「ファック ザ ワールド」をどうして選んだのかってのが解るから、それが心地良いんだけどね。

他の人には分からない、2人だけの思い出があるからねー

色々懐かしいし、嬉しい!!






お土産ってのは物自体の価値だけじゃなくて、「旅先でも自分のことが頭の片隅にあった」っていう付加価値がついてくると思うのね。


だから、遠くに行けば行くほど、
大切な人であればあるほど、
貰ったときの嬉しさはデカいんだと思います。




正直こんなに嬉しいのが若干悔しい。笑





みんなにあげてるのは分かってるけど、
それでもやっぱり嬉しいんだよなー。










正直、別れたからって本当に普通の男友達に戻れるかと聞かれたら戻れないと思うんだよなー。


やっぱり恋愛感情なくても特別な人だし。

話すだけであんなに安心する人は他にはいないし。


って考えるとやっぱり普通の男友達とは違うし。



近くに行き過ぎると気持ちがぐらつきそうで怖かったから距離をとってきたけど、普通に仲良くしたいなぁ(・ω・`)


自分と波長があんなに似てる人は他にいないって思うし。








多分自分にまた大切な人ができたら何も考えずに仲良くできるようになるんだろうなー。

今はほんのちょっとだけど、悔しかったり怖かったり寂しくなったりする。