【宮嶋加菜子】 昨年12月末、東京・銀座のオフィスビルの一室。伊勢原市に住む介護施設職員の川内潤さん(33)が、介護を取り巻く現状についてセミナーを開いていた。テーマは「仕事と介護の両立に向けて~働きながら介護するための知識」。
社会福祉士の資格を持つ川内さんは、2年ほど前から企業の社員向けにこうしたセミナーを重ねてきた。この日は、従業員支援プログラムを提供するコンサルタント会社の約20人が参加し、聴き入っていた。この会社ではここ数年、クライアント先の社員から家族の介護に関する相談が多く寄せられるようになったという。ニーズに応えるため、介護の現状を学ぼうと、川内さんに講師を依頼した。
●「未知の世界」 介護保険制度の仕組みや申請方法、自宅で利用できるサービス……。一通りの説明に続き質疑応答に入ると、次々と手が挙がった。
介護保険制度やサービスの活用方法について会社員向けのセミナーを開く川内潤さん(左)=東京・銀座
「介護サービスを受けたいとき、最初にアクセスするのは市役所の何課になるんですか」
「ショートステイやデイサービスを家族が使いたくても、本人が嫌がる場合はどうしたら」
「何を基準に介護施設を選べばいいのでしょう」
約2時間のセミナーはあっという間に終わった。「それだけ会社員にとって介護は未知の世界なんです」と川内さんは言う。
20代から介護の現場で働く中で、虐待が疑われる高齢者をたくさん見てきた。訪問入浴サービスで訪れた家で入浴時に服を脱がせると、腕に手の形のあざがある。顔がはれていたり、腰に打撲のあとがあったり。現実を目の当たりにして、ショックだった。
「なんで虐待が当たり前になってしまうのだろう」。仕事を辞めて家族を介護するだけの生活になると、誰にも相談できずに追い詰められ、最終的に虐待に向かってしまう――。それぞれのケースを観察する中で、そんな特徴が見えてきた。「一生懸命、介護に没頭する人ほど虐待に走ってしまう傾向がある。最初から家族が憎くて虐待する人なんていないはずだ」
●制度理解必要 先が見えない不安の中で、どうすれば虐待を防ぎ、なくすことができるのか。介護する人たちの話を聞く中で、川内さんが見つけた一つの答えが「仕事を辞めず、たくさんの人の手を借りること」だった。
仕事という社会とのつながりを断つと、介護者は孤立しがちだ。「仕事の時間があったから、妻の介護が続けられた」という男性の言葉も心に残った。
仕事と介護を両立させるには、介護保険制度の理解と活用が欠かせない。そのために会社員向けの介護セミナーを続けている。
◇ 高齢化が進み、在宅での介護が増えていくと、虐待の潜在的なリスクも高まる。連載第3部では、「虐待をなくしたい」と奔走する人たちを追う。
◆加害者の4割は息子
厚生労働省のまとめによると、2012年度の家族や親族らによる高齢者虐待の件数は1万5202件。1件に複数の加害者がいる例もあり、加害者は計1万6989人。息子が41・6%(7071人)で最も多く、夫の18・3%(3114人)、娘の16・1%(2732人)が続いた。
種類別では、暴力などの身体的虐待が65・0%。怒鳴ったり悪口を言ったりする心理的虐待が40・4%、お金を渡さないなどの経済的虐待が23・5%、介護放棄が23・4%だった。
一方、同じ12年度の介護施設や介護サービスの従事者による虐待は155件で、身近な人からの虐待の多さが際だっている。
06年4月に「高齢者虐待防止法」が施行され、虐待を知った人は市町村への通報が義務づけられた。12年度の家族らによる虐待件数が11年度より1397件減ったことについて、厚労省の担当者は「虐待自体が減少傾向にあるのか、把握しきれていないのか、理由は分からない」としている。
◇ 「団塊の世代」が75歳以上になり、医療・介護の提供体制が追いつかなくなる「2025年問題」について考える企画を続けていきます。介護や在宅医療などのご体験、ご意見を募集します。「高齢者への虐待」「食べる喜び」「介護施設での看取(みと)り」「介護・看護職員の悩み」「団地で進む高齢化」についての情報や、この企画で採り上げてほしいテーマを募集します。朝日新聞横浜総局「2025年問題取材班」あてに、ご連絡先を明記のうえ、郵送かファクス、メールでお願いします。