お久しぶりです。かつて受験ブログのようなものをやっていたsalmonです。

 

最近ふと、このブログの過去の投稿を見ると、空白期間だと感じていた高二の時の記憶の埋め合わせができたように感じました。将来の自分のためにも、現状の脳内を何かしらの形で言語化しておきたいと思い、このブログを再開することにしました。

 

今回は、大学に入ってから数ヶ月が経ち、大学生活における人間関係などについて感じたことを書き記していきたいと思います。

 

 

新歓で感じた違和感

 

時は4月上旬。

 

入学した段階では、正直サークルや部活にあまり興味はなかったのですが、とりあえず何らかの組織や団体に所属しておくのが無難なのではないかと思い、とあるサークルの新歓に行ってみることにしました。

 

そこでは「徹夜でカラオケをして、そのまま一限に出席することもある」、「遊びすぎて単位を落として2回目の◯年生」といった、いかにも大学生っぽいエピソードを聞くことができました。また、活動に真剣に取り組む集団というよりは、「みんなで集まるのを楽しむ場所」といった印象を受けました。

 

一般的な社交性がある人間なら、その後も普通にサークルに解け込んでいくことができると思いますが、私はそうはいきませんでした。

 

その原因を考えてみたのですが、

・集団でのコミュニケーションが苦手

・目的なしで人と関わるのが苦手

という2点が起因しているのではないかと思います。

 

私は過去に、中学や高校のクラスというものに苦手意識があったのですが、大学のサークルも同じもの感じてしまいました。

 

将来的にサークルでワイワイしている自分のイメージが浮かばず、サークル的な形で大学時代の思い出を作ることは無理だと悟ったわけです。

 

内向的・コミュ障・インドア派という陰キャラ三冠王の私には、皆でワイワイ楽しむことが目的のサークルに馴染めるはずがありません... 人の性格は簡単に変えられないですから。

 

 

高校と大学の根本的な違い

 

高校までは、学校行事などでワイワイできる人間がクラスでの「正解」であり、そうではない私のような不正解の人間は淘汰されていきます。その結果が高校を転校したことにも間接的に繋がっていると思います(転校した直接の原因は病気ですが、メンタル面とも関係している病気だったため)。

 

しかし大学に入ると、各々がやりたい学問を選択し、自主性が求められるのと同様に、人との関わりにおいても明確な「正解」はなくなります。クラスという絶対的なコミュニティが崩壊することで、明確に集団の中で浮くといった現象もあまり見られないように感じます。

 

正解がない環境では、何をするにもそれぞれの裁量に任せられ、「主体性」が非常に大事になってきます。

 

その点、通信制卒の私は、他の人よりも高校時代に主体性を培うことができていると感じており、大学への適合度はそれほど低くないように思えます。

 

通信制高校では、そもそも大学に進学する人が少なく、私自身も本当に大学に進学するべきか、再考したこともあります。その中で、やはり大学に入りたいと思い、目的を持って勉強をし、成功を収めたと言えるかは微妙ですが、自分の中で納得のいく結果にすることが出来たことは、私の大きな財産になりました。

 

正直、高校時代は、集団に適合できず通信制にいる自分がどうも不甲斐ないように感じていました。しかし、大学生になった今、主体性を持って行動できていた部分に、ようやく自分なりの「正解」を見つけることができました。

 

 

今後も、大学生活の正解を見つけるべく、頑張っていきたいものです。

 

いい感じのまとめの文章が思いつかないので、最近撮ったエモい() 写真で締めます。