はじめて症状的なものが出たのはいつだったか、正直覚えてない。

思い出せる一番古そうなものは、多分小学校にあがりたてくらいな気がする。

 

どうしてか死ぬのが怖くなって(どうしてもなにも子供は大体死ぬのが怖いけれど)、「死神がいる」「死神がくる」みたいなことを考えてしまい、その度に「来ない、来ない!」と唱えていた。

頭から死神が離れないのが怖くて、母に「なんかいつも死神がくる、みたいなことを考えちゃうの」ということを伝えたら、

「漫画ばっかり見てるから!コナンとかワンピースとか残酷やつ、見てるから、そう言うこと思うんだよ」

と言われたのを覚えてる。(んなわけあるかい!)

子供心に、あたしなんか変なんだろうな〜、と思っていたので、恥ずかしくなってそれ以上言うのはやめた。

 

そこから段々、道路でトラックを見ると、「轢かれろ!」と心で思ってしまい、その後「轢かれない、轢かれない」と何度も唱えたりなど、

事柄が具体的になってきた。

またそこからもどんどん、年寄りを見ると「し にそう!」「し ね!」と思ってしまい、心の中で謝って、すれ違った後もしばらくはずっと「し ね」「ごめん」を唱えることを繰り返したりなど、

対象が自分以外のものに向いてきた。

 

こうやって書くとわかるけど、

着実に沼にハマってる〜

 

この時も辛かったけど、まだ自分やその場にベクトルが向いている時は平和だったな。

今みたいに、宗教的な対象や亡くなった親族や戦争などに対してベクトルが向くと、

思う場所も時間も関係ないから、四六時中考えてしまって大変すぎる。

実際の人に対しての暴言だったら、心の声は聞こえないけど、

天に対しては、頭で思うだけでも聞こえている気がするから、大変な罪悪感と羞恥心とに押しつぶされそうになる。

しかもお尻拭いてる時とかセックスのときとかに思っちゃうから、すんごい削られる!大人になって侮辱のボキャブラリーも増えるしさ。

言葉 × タイミング = 最大の侮辱 → 絶対に思ってはいけない対象へ

本当に辛い。消えたくなる。

虫刺されを爪でぎゅっとやる、みたいな感じで、そういうときつい自分をはたいたりしちゃう。

 

 

で、小学校4年頃とか割と大きくなってから、行動的なチックが来たような気がする。

机に手とか足を擦り付けたり、必ず同じところを歩いたり(なんというか自分から糸がでてるような感覚があって、同じところを歩かないと絡まる感覚があった。この感覚は超具体的にあった。本当に絡まるんだよ)、あとはよくある手とか鼻とか目をぎゅっとしたりぎょろぎょろしたり、部屋の角みたり白目したり、首をぎゅっとしたくて上を向いてあるいたり涙がこぼれないようにしたり。と、チック症状で調べると出てくることの全般はやった(し今もやってる)

 

これらの記憶が正しいかわからないけど、

自分的には「言葉」から「行動」の順だった気がする。

大体、チックがひどくなるとトゥレットになる、と言われているみたいだけど、この順番は絶対じゃないのかな。

(もしくは、「言葉」の頃はトゥレットというより強迫性障害に近いもので、そこからチックへ、そこから本格的にトゥレットへ、の流れだったのかな。素人が考えてもわからないことだけど)

 

どうにかこうにか隠して、20年...?

動きを出さないように、言葉を周りに聞こえないように、

よくまあずっと隠してきたね〜。(←こういう音が一緒の言葉をつかうと、「汚ね〜」っとかって思っちゃう。今そうだったので記録。あと、会話で「〜ですしね」みたいなこと言われるとやばいよね。ひどいときは「し」の音が末語じゃなくて文の途中でも来る時あるよね〜〜〜〜〜〜〜〜)

 

ずっと押し込めることが正しいとしてきたけど、ふと、強制的に自分をクローズさせていることが逆にストレスになっている?押し込めているからひたすらもんもんとするのでは?逆にオープンにすることで罪悪感は消えるのでは?と思い立ったので、日々の懺悔を書いてみることにした。

 

あと、前に本を読んだり心理の資格勉強をしたとき、知識を得たことが(あくまで素人範囲ですが)、すごく症状緩和に役立った気がしているので、言語化してみたらいいかもとも思ったから。

 

ただの吐露なので、なんも面白くないです。

罵詈雑言でおわるかも〜〜(ジョッキカラカラ)