ああ。気になる。
誤解されてると知れば
どーにかして
誤解を晴らしたいと
心底思ってしまう。
それで、
あの手この手で
周囲にペラペラと
違うのそーじゃないの
私はそんなんじゃなくて
こーだったのあーだったのと
しゃべりまくって
結局空回りして
ときには墓穴を掘って
残るのは達成感ではなく
そう、
虚無感だけ。
本当はわかってるんだ。
他者に誤解されようが
なにしようが
それをわざわざ晴らす必要なんて
ないことを。
他者が私のことをどう思おうが
それがたとえ誤解だったとしても
そんなことは
私にとって何の影響もないことを。
自分さえぶれなければ
自分の考えや信念さえ
ぶれなければ
他者の思うことなんて
どーだっていいことを。
それなのに
周りの言葉に
かき回されてしまう。
それはどーしてかって
自分のしてることに
自信が持てないから。
自信が持てないのは
確信がないから。
確信がないのは、
知識や勉強不足だから。
知識や勉強不足なのは
努力が足りないから。
努力が足りないのは
自分に甘いから。
他者からの評価は
自分がどんなに
そーじゃない、
そー考えてやったわけじゃない
と、いい張ったところで
そんなことはただの言い訳で。
他者評価、誤解だと思っても
ある意味、
それも、自分なのだ。
自分さえ
ちゃんとしてれば
他者評価なんて
ころころと変わるもので。
誤解だって
自分の知らないところで
するするととけていくもので
わざわざ
言葉だけで解決しようとする
なんて、
なんの意味もないし
無駄なんだ。
だから
過去のことを
もうすでにやってしまったことを
後悔したりするのではなくて
じゃあ、
これからはこーしよっと
って前に進んでいくしかないのだ。
過去にやってしまったことが
今からやることに
影響することもあるかもしれない。
でも、
それも時間の問題で
数をこなせばいつかは
忘れ去られる。
周りの目を気にして
いつまでもそれに固執して
前に進まないのは
結局、
自分で自分の首を絞めるだけなんだ。
だからもう、
周りにどう思われても
気にしないようにしなきゃって思う。
それで、
自分と向き合って
反省して
次に繋げられるように
するしかない。
同じことを繰り返さないように
努力するしかない。
いつも
自分のたいせつにしたいものを
たいせつにして
それに向かって行動する。
周りになに言われたって
心を乱すな。
嫌なことが耳に入ってきても
気にするな。
そんなもの
言わせとけばいいんだ。
ちゃんと見ててくれる人は
少なくても
ちゃんといるんだ。
そーゆー人たちに
感謝して、
頑張ればいいんだ。
これが
私の理想。
理想を言葉にし、
言葉を行動にうつし、
行動が習慣となるようにし、
習慣が私の人となりとなるように、
そーやって
成長できればいいと思う。
涙は嬉しいときのために
とっておかなきゃ
悔しいとか悲しいとか
そんなもののために
流さない。
周りの目を気にしてばかりは
もうやめたい。
そう思った。