生前父親がアパレルに居た関係で、三陽商会さんとは懇意にしており

 

一般向けの「SANYO 100年コート PERSONAL ORDER会」に行って来ました

 

今迄、セミオーダーで服飾を作った事は何回かあるけれど、自分は体形が人と違うし、既製品では合わないので、もっと早くに知りたかった...!

そして、めっさ楽しかった!!!

 

今回のオーダーはコート(基本はトレンチコート)で、パターンオーダーだったので或る程度の制限はありましたが、部位のサイズからボタンやバックル、裏地やライナー等々を好みで選択

特に自分は拘りが強いので、既製品ではサイズが合わないだけでなく、かなりゾーンが狭まっていましたので良かったです

 

仕上がりは 2.5〜3ケ月後

いやぁ、楽しみです






 

 
2023年6月16日
最終出勤でした
 
不平不満が募り過ぎて辞める訳ですが
 
それでもやはりお世話になった事には変わりないので
 
仲の良い人も出来たしね
 
この1週間は
本当に沢山の方々が挨拶にきてくれてり
食事に誘ってくれたり、贈り物をしてくれたり等々... で仕事してない(苦笑)

仲の良い人や関係のある課以外には伝えていなかったので、全員の前での最後の挨拶や、恒例の花束や贈り物は辞退しておりました

自分の荷物は、辞めると伝えてから少しずつ持って帰っていたので、もう全く無かったのですが
戴き物が膨れ上がり、宅配で送ったり(笑)、それでも結局昨日も紙袋大×3袋 みたいなね
 
いやぁ... 有難い事です
 
 
18年
有難う御座居ました
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

6月16日です
何も無ければ

退職日は7月末日

要は、延長要請があり

別に次に何かある訳でも無いし
延びたと云う事は、1ケ月お給料も出る訳で(笑)

しかし
上がきちんとしてくれないお陰で
本当に雰囲気が悪くなってしまった

教育担当をした子からは何故かシカトを喰らい
同い年で仲が良かった人からも何故かシカト

18年働いて来てこの有様

こんな事なら延長なんて承諾しなきゃ良かった

良くも悪くも?
早かれ遅かれ?
あと3週間(15日)
他の人への引き継ぎだから
気にしない様に過ごします...





とうとう 遂に やっと 言いました... 言えました!!

「会社、辞めます」と言ってやりましたよ、今日!!

 

4/24急に声が出なくなり、4/27から夜中も眠れなく腹筋が鍛えられる程の激しい咳もプラスされ、でもコロナやインフルは陰性で

そうこうしているうちに右耳が聞こえなくなり、でも耳鳴りは酷くて

そんなんで今年のGWは潰れて

でも耳鼻咽喉科では「おかしいなぁ... 聞こえてないはず無いんだけどなぁ!!」(爆笑)

数値はめっさ良くて

元々、聴力がとてつも無く良いんですよね

ま、ストレスですよね

 

と云うのもあったし、辞めたいのは常にあったけど今迄何とか踏ん張って来れたが、或るきっかけと云うか、引き金になった事があり、それでね...

 

でも「最近体調良く無かった」とか「持病が良く無くて」とかでは終わらせたく無かったので、今日の 1 on 1 で思いの丈をぶちまけました

 

課長(=副支店長) は一瞬、何を言われたのか分からない風で、思考が止まった感じでした(爆笑)

 

それにもう別に働かなくても... と云うのもあるし

今年は8月(京都) 9月(出雲) 10月(一回忌=浜松からの奈良) 11月(京都) 予約しちゃったから(笑) 年内は旅行三昧で働かない(笑)

来年から1月〜9月迄ぽつぽつ働いて10月〜12月は旅行月間... を繰り返そうかなぁと

お金の為と云うより、じっといていられないのでね

それより、母親ですかね、長生きしたとしても、体力的に元気に旅行とか出来るのも、あと4・5年かなぁと

やはり、母親との思い出は作っておきたいので

当然、亡くなってからでは出来ない訳で

やはりそちらを優先させたいので

 

ま... 言い訳ですけどね

 

本当に疲れてしまったのですよ

毎月40時間を超える残業で

全く業務は減らず

あとは、そうだな... 立場とか

どんな小さな仕事にも責任を伴わないものは無い事は承知していますよ

自分は常にチェックする側だったり、責任を負う側だったり、ま、それもおかしいんですけどね

アルバイトにはさせられないとか、その業務は社員じゃ無いとダメ、とか

アルバイトや派遣からしたら、そりゃそうだろ!なんですけどね

だから、何と言うか、多い業務 + 異常な無言の圧力 が常にあり

そう云うのに疲れた

 

だから

「次来る人が、私よりももっと仕事が出来て、文句も言わず何でもこなせる人だと良いですね」と言ったら

「補充云々より、今の支店にとって◯◯さん(←私)を失う損失の方が大き過ぎる」と言うので

「よくお世辞や社交辞令で「あなたが居なくなったら困る」とか言いますけど、結局は何とかなってるじゃないですか」と言ってやりました

 

雇用形態を変えても残って貰えないか?とも言われたので、それは条件に依る、と

何れにしても「辞める」とお伝えしましたからね、諸々から最終出勤は来週金曜日のつもりでいますから!と伝えました

 

当然、支店長に話さないといけないので、返事は保留で... となりました

 

さて、どうなることやら

 

どうなるもこうなるも

自分は辞めると伝えましたからね

 

正直... ちょっと... 休みたい...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は

今年の2月辺りから、不正出血(?) が酷くて

 

昼間でも、ナイト用の大き目のもので対応していても 30分も持たなく、それが何日も続くのを繰り返していて

9月下旬迄そんな感じでした

 

持病の方で元々 鉄剤が処方されていたのでなんとかなっていた(?) のですが

 

で、9月下旬から反対に全く無いと云うね

 

会社で仲の良い同年代の方が通っていて良いと評判の婦人科(しかも会社の近く‼) を紹介して貰い

 

納骨の前に病院へ行き

内膜増殖症の疑いと云う事で検査をしたのですが、やはり内膜が剥がれ落ちていなくてかなり厚くなってしまっていると

 

「子宮自体もきれいだし、内膜は厚いけどきれいだから、多分大丈夫かとは思うけど」と云う前置きで

でも、仮に内膜増殖症だったとした場合、それが進むと、子宮体癌(子宮内膜癌)になる可能性が高いと

あなたは年齢的に「子宮頸癌」よりも「子宮体癌」の方がなりやすいから... 等と説明を受け

「知ってる?」 「知りません‼」

 

「これ以上病気増やしたくないでしょ(笑)」と言われ

いきなり検査

 

しかし、それからまたたらたらと出血が続いてしまい

 

昨日、結果を聞きに行って来ました

 

結果は「増殖症の所見は見受けられず」

本当に良かったのですが、でも「見て良い?」と言われ、またあの独特な検査台へ...

 

「やっぱり剥がれてないなぁ‼ 剝がして良い‼??」と薬が出ました

 

要は、所見が見受けられなくても、きちんと剝がれない状態が続くと先々なる可能性だってある訳で

でも、所見が見受けられないのにこんな出血が続いたり、急に止まったりするのは

やっぱりホルモンバランスと「ストレス」‼ 

Ye~s‼ ストレス‼ ストレス‼ 父親が最大のストレスだった事は間違いなく、時期的にもね、一番酷かったからね


ストレス に依り、視床下部 脳下垂体 に上手く指令が出されずに〜 と云う事らしいです

 

しかしあの検査台、ほんと、なんと言うか...

私は子供出産していないし、他の女性達から比べたら(産)婦人科へ掛かっている回数って少ないと思うし

毎年の検査程度でね

ほんと女性って大変だよな...

あれは何回しても慣れないよね... 先生や看護師さんは仕事上事務的に機械的にやってるんだろうし、もう慣れてるんだろうけれど、やっぱりね...

 

先生がね とても素敵と云うか、魅力的と云うか

どうしても初めてお目に掛かった感じがしなくて

私より遥かに年上なんだけど

人生を謳歌して居られると云うか(笑) 若い頃はきっと随分と遊んで居られたんだろうなぁと(爆笑)

なんかね、腕とかの皮膚の感じ(?) やシミ・ソバカスの感じが、ちょっと日本人と違って欧米な感じがして

もしかしたらちょっと海外の血が入っているのかっも...て感じの熟女で

けろけろけろけろ笑う方で、私もこんなんだしけろけろ笑うから、すぐ打ち解けて2人でけろけろしてて(笑)

 

ま、なんともなかったから良かったですけれどね

もうこれ以上 ほんと病気 増やしたくないしね

 

気付けば今年ももう12月

今年は色んな意味で色々な事があったな

 

父の事に関しては、まだもうちょっと色々手続き等が続き大変ですが

でもそれは「父の事」と云うより、残った私(達)に係わって必要で大切な事(もの)ですからね

貰えるものは... じゃないけれど(苦笑)

 

でもやはり何をするにもまずは「体」が資本なので

適度の休息をしながら過ごしていきたいと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

父親の納骨に、浜松へ行って来ました

 

母と弟2人と甥っ子1人 = 計5人で

 

父親の1週間後に亡くなった伯母の四十九日と納骨も一緒でした

 

私なんかがとても知らない昔から懇意にしていると云うお寺さんで

 

 

 

まぁ、納骨ですので、旅行では無いですが

年に4回も京都等に行っていた人間が、コロナが始まってから全く旅と云う旅に行っていないので、約2年ぶりの「自宅以外」


東京駅も新幹線もとても人が多く混んでいて

やはり年配の旅行者が多かったなぁ

新幹線で京都のガイドを見ている人が居て

「良いなぁ... 羨ましいなぁ...」と...

新幹線だって浜松で降りないでこのまま乗って行けば京都行けるのになぁ... とか(笑)

 

元々気難しく、コロナ禍になってからは更に酷く

あれしたらダメ、外に出るな(じゃぁ、会社は良いのか‼??) 等々 縛りが酷かった父親

 

もう心置きなく何でも出来ます

 

常識の範囲内で、度を越さない程度に旅行に行きたいと思います


しかし

人間1人が亡くなると云う事はこんなに大変な事なんだな... と

しかも一度に2人も


暫くは相続等諸々の手続きで大変で忙しい日々が続きそうです(汗)





 

 

今の会社に入った時の教育担当

現在も同じ支店で良くしてくれている女性が


ずっと具合が悪くて


サルコイドーシス と診断された...


何と言ったら良いか...






15日に亡くなった父親の姉が亡くなりました


父親には

姉が4人(うち1人は若くして亡くなっているので私はお会いした事がありません)

妹が1人

全員結婚していないので、私達姉弟を自分の子供の様に、産まれた時からずっととても良くしてくれています


その伯母の1人が亡くなった


父親の1週間後に


今まで本当にありがとう

「ありがとう」ではとても足りないよね


気持ちが付いていかない




が、出棺前の最期のお別れの際に、嗚咽を漏らす程に号泣するとは思っていなかった

 

それを見てこちらもまた号泣してしまった

 

 

甥っ子達が居てくれたお陰で場が和んだ部分が大いにあって

 

でも人生初のお葬式

9歳と5歳の小さな頭と心で、何を考え何を感じたんだろう

と横顔を見ていて思った