sallyのブログ
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いとおしい笑顔

ネットを徘徊していて見つけた。
「いま、あなたの宝物は何ですか」
http://mainichi.jp/select/jiken/graph/takaramono/


なんて素敵な顔をしているんだろう、みんな。

全てを失った後に、それでもこうしてカメラに向かって笑んでくれる、その心に思いを馳せる。自然涙が溢れて来る。
私たちはこのたくさんの笑顔に、どう応えられるだろう。

想像力

夜半に届いた手紙を繰り返し読む。それは短い手紙だけれど、悲痛な叫びに満ちていた。
「放射線がうつるからと子供がいじめられている」「いわきや福島ナンバーの車に乗っていると受け入れてもらえない」
私には到底信じられないことだが、でも、そういうことが起こっているのだろう。何と恐ろしいことか。

私は常々、人と人とをつなぐものは想像力だと思っている。
私があなただったら、あなたが私だったら。言葉にすればそれはなんて簡単な、容易なことだろう。しかし、それがなかなかできない、できていない。

あなたの上に降り落ちた災害が、いつ自分にも降り落ちてくるか分からないということ。
あなたが置かれた現実に、いつ自分が置かれるか分からないということ。
どんなことでも、決して他人事ではないということ。
想像力をめぐらせば、そんなこと、一目瞭然だというのに。

想像力が欠乏している、と言われるようになって久しい。
私たちは今、その想像力を試されているに違いない。
あなたの立場になって、君の立場になって、私だったら、自分だったらと考えること。

想像力が、人と人とを繋ぐ。人と人とを繋いで、癒す。私はそう信じている。

一か月が過ぎて

地震を最初に感じたのは撮影の日だった。あの日私たちは撮影の為朝から準備し、部屋の中、そして外で、撮影を続けていた。それがようやく終わって一休みしようと部屋に戻った、その時、ぐらりと揺れた。
ぐわんぐわんと揺れる部屋からまず最初に娘が飛びだした。嬌声を上げて飛び出していった彼女を呆然と見やりながら、私はモデルになってくれた友人と一緒に部屋に座りこんでいた。これからどうなるのだろう。ただそれだけを、じっと思っていた。

つい先日、大きな大きな余震があった。その時私たちはもう電気を消して横になっていた。ぐらり、と来たかと思ったら、ぐわんぐわんとまた長いこと揺れた。この時私は思っていた。自然に逆らったって人間は何もできやしないのだ、と。ただこの揺れに身を任せるしか術はないのだ、と。ただできるなら、娘は無事であってほしい、それだけを、ただそれだけを思った。

私の住む町は別に、大きな被害があったわけではない。それでも、そこに住むひとりである私は震災で大きく体調を崩した。

私の田舎である福島は、震災、津波、原発、と、三重の被害を被った。それがどれほどのものであるか、それは私の拙い想像をきっと遥かに超えるものだろう。だからこそ知りたい。声を聴きたい。今も福島に残る人達の声を。

そのことを、強く、思う。