宮部みゆきのファンタジー

英雄の書の基盤となった、無名の地にまつわる設定が出てきます。

咎の大輪、無名僧、領域(リージョン)など、独特の単語により構築されるファンタジー設定がかなり綿密というか、堅固たる世界観を持っているせいで、現実世界部分との隔たりを強く感じ、違和感が残りました。

サイバーパトロールの会社の業務中の描写が、多少稚拙に移ったのも難点です。
そんな人海戦術みたいな前近代的な方法なんて今どき有り得るのかなというのと、収益源が不明で、事件が起きて警察からの依頼でもないのに特別に人員を配置して調査し出すというのが非現実的に思われました。

ファンタジー設定が哲学的観念により構成された美しいものであるのと、現実世界の殺人事件の汚さ、幼稚さが相容れないものであり過ぎて、一つの物語として考えにくかったです。

実写映画に、CG丸出しのキャラクターが出てくる、みたいなそんな違和感。

ボロクソ書いてしまいましたが、それでも上下巻を苦もなく読ませてしまう宮部みゆきの筆力には簡単しました。
ある地方の重臣とそれを支える能吏、江戸勤めの息子の、成功を収めながらも悲しい運命に流されていく話。

青山文平の描く武士は、悲しい。常に死を受け入れ、死に親しんでいる。太平の世、武士と言えども刀は最早身分を表すものでしかなく、振るわれることは想定されていない。そんな中で、武士を武士たらしめているものは、自らの覚悟で死ぬ事が出来るという一点だという。

主人公は文官として非常に能力が高い。今で言う経産省の役人のような立場で、産業のない藩に新知見をもって産業を生み出す。彼の目論見は成功し、江戸にいる義理の息子を呼び戻し引退すれば、あとは平穏に生きていける、はずだった。

彼の役人としての能力は紛れもなく特別なものであった。しかしながら、義理の息子の本質を見ることができていなかった。息子は誰よりも武士だった。

息子は、藩のため実績をあげることを己の命を賭すべき一事とし、江戸で懸命に勤めた。実績をあげることが叶わなければ文字通り死ぬべきであると覚悟し励んだ。

最後は江戸と藩の距離が、藩での成功を息子に知らせることを遅らせ、己の定めた期限までに成功を収められなかったと悟った息子の命を取らせた。

おすすめ度…3

タイトルは本のむしろ傍流でしたね。
そこだけ少し損している気がする。

過去に傷のある娘を貰ってくれた義理の息子に対する恩義が、聡明な主人公の人を読む目を曇らせてしまったというところ、私は良かったと思う。
最後もやや駆け足であったが、藩の成功を知らぬ息子の悲劇、その悲劇を知らぬ藩での激動、単純なラストではなく思いに残った。
辻村深月
朝が来る

とても好きな作家さんのひとり。
この話ではないのだが、この方の本は途中暗く重くなることもあるが、それをなんとかやり過ごす、かわす、受け流す、そして乗り越えていくところが魅了。

あんまり前向きに解決されると嘘くさくなるが、自然体に困難を消化していく。もちろん自然体と言えど平坦でない。むしろ抱え切れそうにないほど深刻な困難だからそこ、正面切って立ち向かえばこちらが壊れてしまう、だからこそ受け流す。

さてさて、この本。
ある高層マンションに住む夫婦の子供をめぐるお話。最初はよくありそうな幼稚園トラブル、あまりにもリアルで疲れてしまうが、相手の子供が嘘をつき続けること、お友達と遊べなくなることが限界となり真相を話して無事解決。

怒られたくなくて嘘をつく、よくある。そんな良くあることで大事になってしまうんだから子供に関わる人間関係はもろいものだ。

そして、この主人公の夫婦の子、実は特別養子である。この、子を養子に出す側、受け入れる側の描き方が秀逸だった。綺麗事ではないリアルを感じた。

生みの親の女の子の、少しずつ落ちていく生活。普通の子として期待され、そう生きてきたのに、思いがけず妊娠、出産し、そこからはもうゆっくりとしかしはっきりと下り坂を歩んでいく。

下りすぎて、たった5年しか経っていないのに、会いに行った育ての親に、生みの親はこんな人ではない、真面目な子だったと断言されてしまう。

五年前の自分の名誉を守るため、憤りさえみせて、今の自分を糾弾される。

苦しかったろう、本当の母親なのに、母親ではないと行って帰るのは。

生きることに疲れ、希望も見えなくなった彼女に最後は光がさす。
主人公に養子を迎え入れるということで朝が来たように、生みの親の彼女にも、無邪気で好奇心にみちた子供の笑顔という、光が見え、朝が来た。

無論、彼女の人生は、だからと言ってこれから簡単なものではない。でもやはり、読むものに長いトンネルから抜けられる光を感じさせてくれた。




やはり辻村深月さんの本は面白い。