僕は今、船に乗っている

「社会」という船に

もちろん一人ではない

キャプテンが舵をとり、漕ぐ人間がいたり、帆を張る人間がいたり、食事を作ったり、狙撃手だったり、救護班だったり、そのなかの何かしらが僕である

もちろん僕はキャプテンではない

しかし、もうすぐ僕はその船を降りようとしている

それは、船を乗り換えるためだ

今の船が不満ではなく、僕のやろうと考えることを実現するためには、その船では辿り着かない

よって僕は別の船に乗り換えるのだ

今、僕の乗っている船は、世界一を目指している船だと思う

美容業界において、世界一を

キャプテンは僕の師匠であり、美容業界ではいわゆる名の知れた存在である

そんな船を降りることにもなり、とても残念だが、それはそれで楽しみでもある

ところで、今回の日記はそこが重要ではない

僕が言いたいのはまた、別の問題だ

例えば僕が船を降りる

まあ、僕が降りたところでこの船はまず沈まない

しかし僕がいた場所にもよるが、船は傾く

ほんの少しだけかもしれないが傾く

右に傾くかもしれないし、左に傾くかもしれない

それはわからない

しかし、少しだけ傾いてしまったと想定して語る

例えばそのままの勢いで船が進んでみたとしよう

するとどうだろう、船は進めば進むほど右に、もしくは左に進んでいってしまう

それでは目的地に着かない

そうなるまえにまず、舵をきる

右に進むならば左に、左に進むならば右に

それはキャプテンの考えで舵をとる

はたしてそれは正しいのだろうか?

そうなる前に、回避できないものだろうか?

そう、僕が言いたいのはそこだ

キャプテンが舵をとる前に、僕か船員の誰かが、傾くのを想定して降りた時に傾くであろう場所を、あらかじめ埋めておくべきなのだと言うことを

そうすれば船は傾くことなく、キャプテンがわざわざ舵をきることなく、その問題は解決できると言うことである

キャプテンには負担はかけさせない

そうすればそのままのの勢いで真っ直ぐ進むことができ、目的地に最短で辿り着く

僕ら乗組員は、キャプテンを尊重し、その目的を遂げるために精一杯やりきる事が大切なのだと言うことである

しかし、すべてがそうはいかず、キャプテンが舵をきることも多々ある

やはりキャプテンには舵をきらせない、思うままに真っ直ぐ進んで行ってほしい、そのために僕ら乗組員はバランスをとり、秩序と情熱を持って今を生きるべきなのだとおもう

降りる人間がこんなことを言うのも、どうかとおもうが、残った乗組員(後輩たち)にはそうであってほしい

僕も新しい船にそのうち乗る

いつかだれでも新しい船に乗る

もちろんキャプテンとして

まだまだキャプテンといっても手こぎボートみたいなもんだ

少しずつ乗組員も増やしていき、今のような大きな船に成長していきたい

自惚れかもしれないが、そのような乗組員(バランスを保ち、共に前へ進もうと努力するような乗組員)がいた方が、最終的によい船になるのではないかと言うことである

他の乗組員を海に蹴り落として、その船の舵を奪おうとしても、結局その様な人間は舵を握ったところで、浅瀬や氷山にぶつかってしまうかもしれない

真っ直ぐに進むことは、大勢の協力と経験があってこそ、なし得るすべなのだから

僕もいつかはその様な船の、キャプテンになってみたいものだ

気高く、品があり、多くの乗組員や乗客から愛されるような、船の舵を握ってみたいもんだ

そう、タイタニックのような


・・・氷山にぶつかってしずんじゃったけど
















僕のすきな言葉、それは、\皮肉/です
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