小さい頃から自分がなかった。暗い性格ではないし寧ろ人前では明るい性格だったので自分が全く出せないタイプではなかった。けれどそこは重要、そここそポイントというシーンでいつも周囲の人の顔色というより、その場のエネルギーみたいなものに敏感だった。そしてそのエネルギーにのまれていた。なのでその重要なシーンでいつも自分がなかった。人から放たれるそうじゃないという異議のエネルギーや怒りのエネルギーに身を小さくしていたり。いつの間にか意識する前の無意識に近い状態でそのエネルギーを察知するようになりそしていつの間にか自分でも意識する前にその目の前の人が気に入るだろう言動をしていた。目の前の人が喜んでくれていると私は安心した。けれどそれは私の本心ではなかったのだ。そのことにほとんど気づかなかった。そしてある時私は疲れている自分に気づいた、それ以上は無理ができないのでその場から離れた。目の前の人は何が起こったかわからないまま私がいなくなったのでさぞ傷ついただろう。こういうことを今まで繰り返していたように思う。

結局その時自分が何を感じているのか、自分が何を望んでいるのかということに目を向けず、目の前の人がいくらか満足するようなことは何かということに意識を向けていたのだと思う、

だからいつも疲れていたんだね、私。けれどそんな時の私は人に多少好かれていたように思う。それはその人にとって私が満足度が高かったからに違いない。

そして今の私と言えば…人の話はなるたけ聞かないし聞きたくない。自分が聞きたい内容の場合以外は。たまにそうやって防御していてもたまにするっと愚痴を聞かされることがある。そういう時は『この世界は私(あなた)が作っていて、他人に見えるそれはよく鏡のように自分をうつすと言うじゃないですか』と言ってそれと同時にああ、だからこの人もまた私なんだな、まだこんなに分離感を持っているのか…とがっかりしてしまう。『そのあなたが愚痴を言っている人はまさにあなたにそっくり…(←聞こえないくらいの小声で…)、あなたのその傲慢さに反応しているんですよ』的なことを言うと以外に相手は激怒するかと思いきや、「まあそうですね、確かに…」と言って納得してくれる。そういう時は¨黒ひげ危機一髪¨というおもちゃでナイフを挿すと首が飛び出す、絶対飛び出す!と思っているのに何も反応がなく、よかった…というより、あれ?!って思うような感じ。あ、けどなんとかなった…。

そういう時こそ喜んでいいのだ!私の世界は確実によくなってるー!