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ガラガラガラ…
「こ…こんちはー」
大きな川沿いに建つ普通の民家。
ライハに慣れているバイカーやチャリダーにはそこそこ有名な宿らしいのだが、その理由は【近畿最安値のライハ】というクチコミから来ているからだと思われる。
結果的には地獄でしかなかったから宿名は伏せる。
が、分かる人には分かるだろう。
「は~い!あぁ、○○さん?アレ?電話じゃ大学生くらいのオニイチャンかと思ってたけど違ったね。ハハハハッ♪」
コロナ禍での行動制限も解除された今、これまで旅を自粛せざるを得なかった人達も一気に弾けるだろうと予想していたのだが、その予想は篠澤教授の一発逆転回答並に外れた様だ。
「じゃあコッチ来てコレ書いて。確か、大阪からやったね?」
「あ……はい」
玄関から入ってすぐ左が食堂チックな共有スペースになっているのだが、さっきまでメシを食っていたと思われる汚れた皿と呑みかけのビールが寂しさを際立たせる。
「どうぞどうぞ、座ってコレ書いて。荷物は適当に置いてもらって」
「あ……はい」
投げる様に出された宿泊者ノート。
発展途上国のゲストハウスならこういうのもアリなのだが、住所・氏名・電話番号という圧倒的な個人情報を、今時こんな風に扱うのは如何なモンだろうか?
せめて個別の宿泊カードか何かにしてくれよ、【旅の思い出ラクガキ帳】じゃないんだから。
「○○クンは何年生まれ?」
「………はい?」
「昭和何年生まれ?」
この会話を不思議に感じない人の為に説明しておくが、オレはこの日初めてココを利用する人間であり、このオーナーと会うのもこの日が初めてだ。
更に言えば初めて会ったのは2分ほど前だし、いくらこのオーナーの方が歳上とはいえオレは客だ。挨拶も済んでない見知らぬオッサンから『○○クン』と呼ばれる筋合いはビター文無いのである。
あとは年齢を聞く事に関してだが、例えばオレが女性だったとしてもこのオッサンは同じ事を聞くだろう。
これは殆んどの田舎モンに有りがちな事でもあるのだが、大して仲良くなってもない初対面の人に年齢を聞くのはめちゃくちゃ失礼な事だとオレは思っていて、更に極端な例で言えば、これと同じ事を欧米でやったら原始人かと思われるだろう。
初対面の人に年齢と血液型を聞くのはアホな日本人だけで、血液型に関しては特に気持ち悪がられるので注意が必要だ。
そんなモンで人の性格を断定するのは日本人だけなのである。
「あ……4○年ですけど……年齢制限か何かあるんですか?ココ」
この時点で既に『広い心』が崩壊寸前なオレだが、そんなオレを更にイラつかせたのは、オッサンが着ているTシャツから漂って来る強烈な生乾き臭だった。
「今日はもう誰も来んから。ご飯食べるならココで食べたらエエし、荷物もココに置いといてくれてかまへんよ。また部屋から持って下りるの面倒やろうから」
「あ、いや……支払い済ませたら部屋に置くんで、先に精算してもらっていいですか?」
冗談ではない。誰がこんな小汚ない場所に荷物を置きっ放しにするか。
「あぁ、じゃあ2500円ね」
「…え?ネットでは素泊まり2000円になってましたけど……情報が古すぎましたかね?」
一番古いクチコミでは、確か素泊まりが1500円だったはず。
で、風呂を利用するなら2000円+別料金とか何とか書いてあった気がするが、電話で予約した時点で近隣の温泉を勧めて来たのはこのオッサンだ。
つーか、居酒屋で呑む生中一杯の価格じゃあるまいし値上げしてんのならしてるって予約した時に言えや。
「あー、前はその値段でやってたんやけどねー。今は素泊まり2500円で、二食付きなら4000円」
世の中にはこれだけ気の合わない連中がいるんだな。
時刻は18時。
これから別の宿を探す気には到底なれず、イマイチ納得はいかなかったが言われた通りの2500円を支払った。
が、二階にある部屋へと案内される途中に嗅いだ強烈な生乾き臭と、建物自体に染み付いた異臭のせいでみるみる不機嫌になって行くオレ。
「今日は貸切りやから、広い部屋使ってくれてかまへんしな」
そう言って案内された部屋は確かに広いのだが、やはりココも独特の臭いが鼻を突く。
「暑いですね……夜中は結構涼しくなるんですか?」
「いやぁ……まあ、一応エアコンは付いてるからなぁ……一時間百円やけど」
「………はい?」
そう熱弁するヤツに、同じく商売をやってる者としてこれだけは言わせてくれ。
ふざけんのもいい加減にしろ。