「入口にあるハーレーって……」


「私のですよ♪ていうか、原付で来られたんですか?」


「はい、僕はどこに行くのもアレです」


「アハハハッ!また~……本当はBMWのとか大型に乗ってるんでしょ?」







蚊の襲撃により、店内に退避を余儀なくされた50代の主と客。
ハーレー好きには堪らんカフェなんだろうが、オレには素因数分解くらい意味が分からん。
ま、好みは人それぞれという事で。





「いやいや、本当ですよ。僕、元々バイクに興味無いんです」

「えー!?何かそういう風に見えない。大型乗り回してる感じ……」

「んなアホな。僕は小さい飲食店をやってるんですけど、普段の仕入れに使うのに丁度いいから乗ってるだけですよ。つーか、ここって結構人気の店だったんですね。来たのも本当に偶然だったから驚きましたよ、ライダーハウスに泊まるのも初めてですし」

「益々意外!他に泊まるとこ決めてなかったんですか?」

「三軒ほど断られました。やっぱり小さい宿は難しいですね、今は」






着いた早々に姐様から貰ったロードマップ。
これに載ってる名所の9割に行ってない。




オレも姐様も酒が回って来たせいか、いつの間にか仕事の話からプライベートまで、冗談を交えながらだが語り合っていた。

この店を開くまでの経緯や、そこに到るまでに起こった不幸。
姐様が指さした店の片隅には、生前の娘さんが写真の中で笑っている。

年頃の我が子を病気で失くす辛さがオレなんかに分かる筈もないが、酔いも手伝って涙腺が弱くなっている母親の想いだけは胸に突き刺さる。

そもそも、初めて来たオレにそんな話をしてくれたのも、こっそり目の前に同伴者二人の写真を立てて呑んでいたからだった。
もしかしたらこれ、アッチの世界からの巡り合わせというか、向こうから親父が説教してるんじゃねーかなと思った。


(お前なんかより辛い思いをしてる人なんか、世の中腐る程おるぞ!)


ま、そう思えたのは親父の分で注文した芋焼酎を呑んで酔ったせいなのかもしれんが、ここ最近のオレは確かに凹みまくっていた。
旅自体は元から好きだが、正直言うと現実逃避するためのアイテムとして利用していた様な気もする。
そんなオレに、アッチから猛ビンタ喰らわそうとしてんじゃねーかな?
『しっかりせんかバカタレが!』って。




ひとしきり呑んだ後、さっきいた場所から見る星は最高だと胸を張る姐様の言葉に乗せられ、オッサンとオバハンの二人は、真っ暗闇の海辺から空を見上げるという暴挙に出た。




「あ~、今日はもひとつですねー!いつもはもっとハッキリ見えますよー」


「いやいや、充分綺麗ですよ!」




お世辞抜きで綺麗だった。
思わず二人の写真を頭上に上げたくらいだし、もう一人のデブだって近くにいるはずだ。
そう思ったらだんだん空が潤んで見えてきて、すぐに中には戻れなくなってしまった。
良かったわ、真っ暗で。






オレにとっては初のライダーハウス泊となったこちらの宿。
また貸切りを狙って行ってみたいと思う。







翌朝五時。

昨夜の深酒で頭が重いが、さっさと身支度を済ませてバイクへ向かう。



モーニングコーヒーを用意しておくと言われていたが、何だか小っ恥ずかしくなったんでこっそり帰る事にした。



ま、そのうちまた来るだろ。
それより、この不況下で宿をたたむなんて事にならない様に、能登を目指すライダーの皆さん達には是非とも利用してもらいたいところだ。
ま、オレなんかが心配する必要も無いんだろうけどね。いい宿だったし。







モーニングコーヒーは漁村で侘しく。
ま、これはこれで贅沢だな。





(さ~て、後は帰るだけかぁ………)





軽井沢と白馬村での体調不良は残念だったが、その前の【寝覚めの床】では蝶になって会いに来てくれた人もいるし、ずっと行きたかった場所にも行けたし、これはこれでいい旅になったんじゃないかと思う。




(しっかしまぁ………アホな事してしもたなあ、あのライダー姉ちゃんには。ま、贅沢言えば、もっと好みの顔やったら違う対応が出来たんかもしれんな。やっぱオレはセイントフォーが好きやないんやわ、どっちかって言うとラ・ムーで無理してる桃子がタイプやしな♪よし!過ぎた事はとっとと忘れてメシやメシ!めちゃくちゃ腹減ったわ!)








甲賀かどっかの中華屋で昼メシ。
結局最後まで名物食ってねーな、オレ。








「すんません、日替りランチ1つ下さい」


「ヒガワリやてない、平日ダケ!」




刑期満了を迎えた欧陽菲菲みたいな顔をしたニーハオ系のオバチャン。
そのオバチャンが雑菌臭漂う布巾を片手に、とにかく面倒臭そうにそう吐き捨てる。

愛想も糞も無いとは正にこのオバチャンみたいな屍の事を言うのだろうが、それにしてもよくこんなド田舎にニーハオ系とイムニダ系が大集合した中華屋があったもんだ。
ざっと見回しただけでも8人くらいの従業員がいる様だが、皆それぞれ給料は稼げているのだろうか?
つーか、このババアに至っては給料どころか罰金だっつーの!ふざけんのはその汚ならしいパンチ風ソバージュだけにしとけよ、マジで。





「平日だけアルカ?今日は何曜日アル?ジンティエン・シィシーチィ?」

「……ドヨビ!」




その投げやりな物言いに、頭の中でニヤニヤするオレ。

そう、オレという人間は、こういう礼儀知らずなメシ屋の従業員に対してはトコトン行っちゃう派なのである。しかもジワジワと。





「キョはドヨビアルカ。アナタ、一番嫌イ、メニュー、ナニ?」


「………アー?」


「アナタ、タベタクナイ、メニュー、ドレ?」


「…………ヒヤシ中華」


「じゃあソレちょーだい」


「……………」




冷し中華はオレも嫌いだが仕方がない。
が、今のオレなら何を食ったところで全て不味いだろう。
とにかく今は、この目の前にいるクソババアを嫌な気分にさせる事だけに集中しよう。






その10分後………






「ハイ、ヒヤシ中華!」


「おー!なるほど。めっちゃ不味そうやね!アナタが嫌いな理由が分かるアルヨ♪」




今度は返事もせずに戻って行く縮れ麺ヘア。
スマンな、オレ楽しくてしゃあないわ。





「オバチャンごちそうさまー。確かに不味かったアルヨ、ヒヤシ中華。謝謝称」




ものの二分もしないうちにレジへ向かい、そこで唖然としている屍に伝票を差し出すオレ。
ま、旅の〆としてはオレにピッタリといった所か。







「ハヤイ、モウ食ベタカ?」

「食べてないアルヨ、不味かったから」











さて







次はまた種子島だ。










そもそも嫌いな冷し中華。
そこにマヨネーズって最悪の組み合わせだな、また来て注文しよう。












ちょこっと信州とかツーリング・完