「はい、空いてますよ。というか、流石にずっと暇ですねー、アハハハッ!でも、明日はグループ予約が入ってて満室なんですよ。丁度良かったかも♪」




金髪ショートの髪に日焼けした肌。

如何にも海好きなアメリカかぶれといった感じのオーナーだが、見た目のチャラさとは裏腹に、さっきから休む間も無くテキパキと仕事をこなしている。

こういう動き、今の若い娘には出来ない芸当だ。




「お手空きで構わないんで、先に部屋を見せて戴けますか?」


「はーい、どうぞどうぞ。今日は他にテントのお客さんが一人だけなんで、どっちにしても貸切りですよ♪」


「……テント?」


「そうそう、テント。ウチ、この敷地内にキャンプサイトがあるんですよ。じゃ、お部屋にご案内しますね」






ここは四人部屋だったかな?
こんな感じの部屋が幾つかと、ツインベッドルームが1つあった様な……





「あら、めっちゃいいじゃないですか」


「えー、嬉しい!明日の予約分で布団出しっぱなしですけど、この部屋で良かったら使って下さい。あ、お布団使いますよね?お風呂はどうします?一応、それで料金が違っ……」




初めは姉様の言う意味が分からなかったが、つまりは寝袋持参で部屋だけ格安利用する客が多いという事なんだろう。

で、布団と風呂は別料金って訳か。

つーか、そんなもんケチってまで旅して何が楽しいのかね?

オレには全く別世界過ぎて理解出来んわ、マジで。




「あー、いいですいいです!布団も風呂も何でもかんでも全部付けて下さい。部屋を貸切りにしてもらえるだけ有難いのに、素泊まりの一番安いプランとかバチが当たりますわ」


「えー、ありがとうございます!じゃあ、入られるちょっと前くらいにお風呂溜めますんで言って下さいね。この後どこか行かれます?」


「はい、あの~……定番の灯台に」


「あ、狼煙(のろし)ね!分かりました。じゃあ戻って来られたら準備しますね」





ツイてた。


初のライダーハウスで、一体どんだけ鬱陶しい思いをするのかとゲンナリしていたのだが、白馬村のアードレー家に続いてまさかの貸切りとは(もう一人はテントだし)。





「あと、夕食はカフェで食べられます?」


「大丈夫ですよ。テントの人は自炊なんで、今日はあんまり用意してないですけど」


「はい、ある物で構いません。酒のアテくらいな感じでいいです」





そんなこんなで、オレは一旦【狼煙】と呼ばれる灯台へ向かう事にした。

天気は快晴。

もう宿の心配はしなくていいと思うとホッとするが、今回の旅もこれで終わりだなという寂しい気持ちも湧き上がってくる。

早かったな、一週間。







高そうな中型バイク2台の他には猫一匹いなかった道の駅・狼煙。
今回の道中で一番ショボかった道の駅だが、トイレしか利用しないオレが偉そうな事言うなっつーのっ。




能登半島を旅するなら、誰もが必ずと言っていいほど訪れる場所。
そんな所に今一番似合わないのがオレなんだろうが、ま、初めて来た場所なら仕方がない。一度は行った証を残しとかなアカンわな。
五分で飽きたグランドキャニオンもそうだし、何の感動も無かったタージ・マハルもそうだが、とりあえず一回だけは行っとくか、みたいなね。





やっぱり出たか名所への階段。籠屋はいないのか籠屋は!




階段を上り終えた達成感に涙するオレ。
『ろっこうざき』と読むらしいが、そんなもん誰が読めんねん?
んで、平仮名でふりがな書けよ日本人のために。
ま、オレなら【草なぎのなぎは弓偏に前の旧字体その下に刀】というフリガナにするけどな。





「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………ブッハ~~~ッ!や…やっと着いた!」



『お年寄りにはちょっと辛いかも』と書かれたネットのコメントは嘘だった。

灯台のある場所まで続く階段は、年寄りどころか運動不足の50代を苛めるには充分過ぎる長さだった。
情けないがこれが現実だ。
家に帰ったら、物置からスタイリー引っ張り出してフィットネスに励もう。




(おっ!………へえ~、やっぱ綺麗なもんやなあ……)




美しき青き富山湾。
何故だか知らんが『魔法の言葉でぽぽぽぽ~ん♪』と呟いてしまった。




学歴が無いとついつい撮ってしまうこのテの標識。
そりゃそうとチョー・ヨンピルは元気だろうか?





特殊な思い入れのある佐世保の海は別格として、種子島みたいな南の島のキラキラした海とはまた違った趣のある日本海。

特に、初めて来た場所の絶景ポイントで眺める海ってのは最高だな。
さっきから少し離れた場所でアホみたいにはっちゃけているライダーらしき兄ちゃん二人は鬱陶しいが、その他には小鳥のさえずりと潮の音しか聞こえないのも嬉しい。






能登半島最先端。
色んな最先端が世の中に溢れているが、オレの最先端はデュラン・デュランで止まったままだ。






「あの、すいませぇーん」







一人で水平線を眺めながら、サイモン・ル・ボンになりきっている空調服姿のこのオレに向かって、いきなりラスコーの洞窟壁面に描かれた角牛みたいな体型の兄ちゃんが声を掛けてきた。

何だオマエは。
人がせっかく故郷のロンドンに想いを寄せているところを邪魔するな!
大体何だ、その下半身だけが異様に発達したバランスの悪い体型は?
海外ドラマ【フリンジ】に出演して、時間のねじれにでも捲き込まれたんか?引きこもりのケンタウロスだってもう少しマシな体型しとるぞ。







「………ンア?」


「あのー、写真撮ってもらっていいですか?」


「コートーッ、パーサー・イープン、マイダーイ」訳・ゴメン、日本語わからへん


「……あ、外人さん!?あー、ソーリーソーリー!ディス、カメラ、OK?ピクチャー!ピクチャー!」


「コートーッ、マイカオチャイ・カップ。チョークディーナ♪」訳・ゴメン、全然わからへんわ。ほなサイナラ♪









悪いな、兄ちゃん達。









機嫌が悪くなると、時々タイ語しか話せなくなるんだわ、オレ。








どうぞご安全に。