(アカン、またやってもうた………)






海老江という小さな町でパチリ。
住民はどこへ行ってしまったのだろう。
家で【独占!女の60分】でも観とるのだろうか?




新湊大橋という立派な橋を見上げながら、オレはまたもや道に迷っている事に気が付いた。

いや、能登へと向かう方向は間違っていないのだが、Google Mapを拡大せずに見ていたのが原因でちょいちょい入り江にぶち当たり、向こう側に渡る橋が無い場所で溜め息を繰り返しているのである。




(あ~あ、まーた引き返さなアカンやんか……ま、別にエエけど。まだ時間はたっぷりあるし)



初めて来る能登半島。
せっかくだからと、交通量の多い8号線を避けてのんびり走ろうと思ったのだが、こんな事ばっかりやってるからいつも到着が遅れるのだ。

が、名所にさほど興味の無いオレにとってはこれこそが観光。
人生の出逢いとは思いもよらない場所で起こるから面白いのであって、如何にもそれが目的で旅人が集まるスポットにはなるべく寄り付かないというのがオレの信条だ(←ウソつけ)。






いよいよ旅の最終地点である石川県に突入。
セクシーな有閑マダムとの出逢いや如何に。





「大阪からですか?」



石川県の七尾市に入ってすぐの所で、休憩がてらに海沿いで一服していると、そこで同じ様に海を眺めていたライダー女子が声を掛けて来た。



「あ……はい」



オレみたいに『ちょっと味醂を切らしちゃって』みたいな格好ではなく、上から下までライダーウェアでバッチリ決めたバリバリのバイク乗りだ。



「荷物が見えないんで、最近こっちに越してきた人かと思いました。私は奈良からなんです」

「あ、そうなんですか。お隣さんですね」



努めて冷静に返しているが、いきなりの展開に心不全を起こしそうになっているオレ。

そりゃそうだ。
オレみたいな原付乗りのオッサンに、どう見ても30代前半くらいのライダー女子から声を掛けて来るのは不自然極まりない。


(罠か?)


瞬発的に警戒モードを発令するオレの大脳。
これは、過去に東南アジアで散々騙されて来た事から起きる防衛本能なのだろう。
70過ぎの海女さんが、漁の合間のお茶請け代わりに話しかけて来るのとは訳が違うのだ。




「それ原2(原付2種)ですよね?大阪からだと、どれくらいかかるんですか?」

「あ~、いや、どれくらいかかるんですかね?反対方向から来たんで分からないけど……」

「えっ?今日はどちらからなんですか?」

「え~っと……今朝までは白馬村に」

「えー、凄~い!私も去年行きました白馬村!どこに泊まったんですかー?」

「ん~っと……名前何やったかな?何かアードレー家っぽい建物で……」

「……?」




イカンイカン、若い女の子相手に何を訳の分からん事言うとるんやオレは。
たかだか30歳くらいの女子にキャンディキャンディを例にしても通じるわけ無いやないか。
しっかりせい、オレ!




「あ、いや、何かネットで見つけた安いペンションなんですけど、名前は忘れちゃいましたね。ググったら出てくると思いますけど」

「もしかして日本一周とかですか?」

「いやいや全然。一週間だけのソロツーです」

「あ、じゃあもう大阪に帰るところなんですね?」




一瞬、『いえ、実は私、和倉温泉で旅館を8軒経営しているノリユキ・パット・モリタと申します。よろしければ今夜はウチのシーサイドスパ、【ダニエル・サン】の別館に招待させていただけませんか?一子相伝のチョップスティック・ハエキャッチをお見せしますよ』と嘘を付きかけたが止めといた。
何だか知らんが、バイクの荷物から嫉妬にも似た強い怨念の様な気を感じたからだ。




「はい、今日が最終日なんです。じゃ、そろそろ行きますんで、どうぞご安全に」





そう言って、颯爽とその場を後にするオレだが、心の中では猛烈に後悔していた。
こんなに後悔したのは【涙のtake a chance】をダビングしたカセットを借りパクされた時以来だった……






如何にもバイカーが喜びそうなポイントで写真を撮るバカなオレ。
そのうち左手に持ったソフトクリームとかも写す様になるのかと思うと絶望しかない。





(あ~あ、せっかく愛想良く話しかけてきてくれたのに……しかも結構可愛かったぞ?セイントフォーのメガネっ子に少し似てたし……つーか、何でオレはいつもこうなんやろうなぁ?あのまま盛り上がって、貝殻でも耳に当ててやりゃあ渚のロコモーションやったかもしれんのに……な~にが『じゃ、ご安全に』だ!栃木の親切お巡りさんかオレは)←おかしくなってる




普段は滅多な事でも無い限り声を掛けられない原付ライダー。
しかもオレの場合は荷物も全く目立たないため、見た目じゃ旅人かどうかさえ分からない。

そんなオッサンに、ナンバープレートを見ただけで気さくに話しかけて来てくれたプリティ女子にさっさと背を向けるとは何たる悪行。
時代が時代なら市中引き回しの上パイパンである。




(まあいい。どっちにしろ明日は帰らなアカンのやし、縁があれば偶然同じ宿って事もあるやろ……)






能登島へと延びる一直線の道路。
月々のプロパン代が気になった。





「大阪からですか?」




【道の駅のとじま】というところでトイレを済ますと、オレの原付に横付けする様に中型バイクの兄ちゃんが話しかけて来た。
珍しいというか、一日に二回も声を掛けられたのはこれが初めてである。




「……はい」




正直、さっきのセイントフォー事件で哀しみに暮れていたオレにとって、目の前に立っている爬虫類博士みたいな小僧などどうでも良かった。
つか何でわざわざ横付けするんやオマエは?
他に止まってるのってオレ達の他に車2台だけなんやし、何なら大型バス専用の所にひっくり返して止めたって文句言うヤツいてへんやろ。
オレとペア組んで狩人の再結成でも狙っとるんじゃあるまいな?






「原付で来たんですか!?凄いッスね!」




「いや、もうコッチに住んでるんです。すんません、今から叔母のウオノメ除去手術があるんで失礼します」







すまんな、千石先生。





どうぞご安全に。