ブルブルと小刻みに震えている身体。



(流石にこりゃマズイな、ちょっと着替えるか…)



そう思い、建物の一階にあるトイレへ入るも、冷えきった身体はなかなか思うように動かない。



「んーーーー……んあっ!……んあっ!」



誰もいないのが救いだが、事情を分かってない人が外にいたら『よっぽど太いヤツと闘ってるんだろうなあ』と勘違いされかねない声を上げながら服を脱ぐ。


狭い空間で合羽を脱ぐのも大変だが、何より辛いのは、そんな場所の小汚ないトイレでスッポンポンになっている事だろうか。



「ふうぅ~~~………ヨシ、これでいい」



ビショビショに濡れた靴と靴下以外は全て着替え終わり、少しだけだが体温も戻って来た気がする。

が、もし誰か今の独り言を聞いてたら、『闘いに勝利したみたいだな』とでも思われるだろう。

気を付けよ、独り言。







(さあ~てと、何食おうかなー………うん、結構高いけど、こんな山の上のレストランならしゃあないな。どうせなら名物っぽいヤツにするか)






貸切り状態のレストランだが、天気の良いハイシーズンなら忙しいのかな?眺めも良かったし。



「すみません、根まがり竹定食を下さい」



1300円という価格が高いか安いかと言えば当然高いのだろうが、こんな所で業務用のラーメンなんか食えば、もっと哀しくなるだけだろう。
ここは年相応に、そして紳士的にシェフおすすめのメニューをオーダーさせて戴こう。



「はーい、根まがりイッチョね!水とお茶はそっちで注いでね!」



妙齢のウェイトレスによるフランクな接客。
ビバリーヒルズにあるイタリアンレストランとまではいかないが、爽やかな笑顔と片手に持った床モップがチャーミングだ。
これならチップも30%くらいは置いて行かなきゃ仕方あるまい。



「はーい、根まがり定食ねー。ちょっとそれよけてくれるー?はーいありがとねー、お待たせしましたー」



テーブルに置いた財布やキーが邪魔だったのだろう。
ゲストが食べやすい様にさりげなくアシストする心遣いも素敵だ。
そうか、ここは一日一組限定の隠れ家的レストランという訳なんだな!それで全てが納得いった。





根まがり竹定食 1300円。食べない方がいい。




おー!何というトレビアンなビジュアル。
加工竹の器も、剥がれ落ちた角々に悠久の年月が感じられる。

炊き込みご飯の下に敷いてある使い回しの熊笹も、私がまだ若い頃に修行していた調理場での日々を想い起こさせる。
そうそう、あの空いたアイスクリーム容器に水を張って、食器用洗剤を数滴垂らしたところに入れたら何度も使える懐かしの熊笹。

当時は他所の店でこれが出てきたら絶対に手を付けなかったものだが、まさか50を過ぎて再会出きるとは夢にも思わなかった。ありがたい。

うん、ほんだしがハッキリと鼻腔を駆け巡る分かりやすさにも好感が持てる。
これで竹が持つえぐみをしっかりと抑えようとする技術。流石である。

そして主役の根まがり竹だが、これだけクセの無い根まがり竹を食したのは初めてかもしれない。
まるで水煮缶を開けたばかりかと思わせる新鮮さ。いやー、これは一本取られた!私の負けだ。

小鉢に関しては説明も要らないだろう。
どれも革新的な技術で長期保存を可能にした、ゲストに安全と安心を与える素晴らしい脇役達だ。

特筆すべきは味噌汁か。
ゆうげを連想させる、小さな乾燥豆腐が入った郷土汁。
これはきっと凍み豆腐だな。そしてワカメもまた開ききっていなかったが、厳しいオホーツク海の浜で、長期に渡って寒風にさらされるとこうなるのだろう。




ふう……



まさかこんな山の中で、選りすぐりの食材と素晴らしい料理に出逢えるとは思いもしなかった。

それに加えて、チャーミングなスタッフによる温かなサービス。

あ、書き忘れるところだったが、食べ終えた私がバイクのキーを回した時、いつの間にかシェフらしき男性が見送りに出て来て下さったのには驚いた!

ダンディにタバコの煙を燻らす姿は、これまでに何人の美しい女性を泣かせてきたのだろうと勝手に想像してしまうほどセクシーだ。







うん、



いい店に出逢えた事に感謝だ。



また来よう、



次は電動車椅子で。