翌朝5時半。



まだ夜明け前の薄暗い中、宿の庭でコーヒー片手にまったりしているオレ。


昨日、急遽決定した連泊案のお陰かどうかはしらないが、喉の腫れは微妙に治まっている様な気がしないでもない。

体温は36度8分。

ただ、体感体温は37度を超えてる気がするのがもどかしい。




(ま、熱は無いんやし、あんまり気にし過ぎるのも逆に良くないんかもしれへんな)




若い頃は喘息に悩まされた過去を持つオレ。

その頃の事があっての勝手な考えだが、例えば吸入器が切れたと気付いた瞬間から発作は出たりするもんで、要は病は気からみたいな所は確かにある。


食事中の人がいたら申し訳ないが、よくある例で言うとトイレがそうだ。

奴等はするべきではない場所で心配になると必ずやって来るという、質の悪い性質を持っている。

ま、ド田舎専門ライダーの男なら何とでもなるんだが、女性はなかなか厳しいだろうな。


因みに、昔付き合ってた女は奈良県のとある有名キャンプ場の上流で川遊び中に強烈な腹痛に襲われ、泣く泣く天然ウォシュレットの中で事なきを得た、という貴重な体験をしている。


そこから300mほど下流では、バーベキュー禁止の条例が出ているにも関わらずアチコチで煙が上がっている状態だったが、そこで川遊びを堪能していた茶髪のタトゥー集団にはこの場を借りて一言だけ言っておきたい。


申し訳ないが、『天に唾すれば我が身に返る』とはこういう事だ。

因みに、当時の彼女は前の晩にオレが作った辛子高菜チャーハンをお代わりしてたな。

君達が天然の川海苔と思ったソレはきっと………まあいい、話を戻そう。









九州人御用達のカップラーメンで朝飯を済ませ、一応だが気休めの風邪薬を飲んでおく。


因みに今日チェックアウトしてから向かうのは更に標高の高い町だ。そんな場所で本格的に体調を崩す訳にはいかん。





「あ、おはようございます」





辺りがすっかり明るくなった頃、長期滞在のカップルが怪しいケースを抱えて庭に出て来た。




「おはようございます」


「フランスパン、今まで食べたヤツの中で一番美味しかったです!ありがとうございました」




先日買ったフランスベーカリーのバゲット。

あれを二人にもお土産で買って来てやっていたのだが礼には及ばない。

言ってみりゃ、そのお陰で連泊出来た様なもんだしな。

善意は必ず形になって返って来るもんだし、その逆は辛子高菜となって流れて来るだろう。







ただのガキンチョカップルと思っていたが、実は二人とも30歳を過ぎていた。
しかも………






「若いのに早起きやねー。で、何がおっ始まんの?」


「あ、コレですかあ?コレは今から、親鳥が子供に注意喚起する所を撮影する為のカメラです」


「…………え?」


「良かったら一緒に観察しませんか?野鳥は凄く頭がいいんですよ」


「……そうなんや。でもオレ、野鳥とかあんまり興……」


「これ見て下さいよ、本物そっくりでしょ?資料館から借りて来てるんですよ!」
















ぬおっ!!ちょ、ちょっといきなりそんなもん出すなよ………へえ~、それ使ってさっき言うてた実験する訳?」


「そうです。蛇の模型はアオダイショウとヤマカガシの二種類あって、ヤマカガシは毒蛇なんですね。それを見た親鳥が、雛達にどう見分けさせるかっていうのを記録してるんですよ。じゃあ早速やってみますんで、ちょっとこっちの方に来て動かない様にして下さい」













いつの間にか鳥ヲタ調査団のメンバーにされ、言われるがままに声を潜めさせられるオレ。

一体何なんだろう?このサイキック誘導力は。
野鳥の調査なんか止めて、二人でネズミ講でも始めた方がいいんじゃねーか?高級羽毛布団とかバンバン捌けると思うぞ。




「シッ!………来ましたよ




一言も声を発してないのに『シッ!』と制される事の哀しさを感じながらも、彼が指差した樹の枝を凝視してみる。



「あー、確かに鳥が来……」

シッ!……あれが親鳥ですね。昨日も来たメスに間違いないです」

「…………」











10分後………






「どうでした?結構頭がいいでしょ、野鳥って。大体この辺りだけでも約◯◯種類くらいの野鳥が住んでるんですけど、そのうちの◯◯種類くらいは△△に分類されてて、雛から親鳥に成長するまでには‰ヰゑЮфы☆∈〒くらいしか残らないと言われてて……」




なあ兄ちゃん……そろそろ止めてくんねーか?その不可解ゼミナール。

そういうのはロイヤルホストの角席で元ヤンママのレジ係相手にやってくれ。
いかがわしい空気清浄機とかバンバン売れるだろうし、やっぱネズミ講やった方が儲かると思うぞ。




「いや~っ、勉強になりました。本当に頭がいいんやねー野鳥って………でも、よっぽど好きなんやなあ鳥が。珍しいよね、まだ20代半ばやろ?」

「えっ?いえ、僕らもう35とかですよ」

「は!?嘘?めちゃめちゃ若く見えるし、てっきり大学生カップルやと思ってたで!」

「あー、確かに若くは見られるんですけど、僕らもう結婚してるんですよ。大学生……というか、大学の職員として野鳥の研究をしてます」







マジか………





聞けば、彼等は大学生の時に野鳥サークルで出会い、趣味も合った事もあってそのまま入籍したらしい。

しかも、旦那である彼は京都にある某有名大学の研究者で、ゆくゆくは教授………




「はあ~………色んな出会いと仕事があるもんなんやねえ………じゃあ、ここには一ヶ月くらい研究の為に滞在してるって訳?」

「そうですね。今回は軽井沢ですけど、他にも北海道だったり……色々ですね。一応、人様の税金で生活してる身なんで、しっかり研究して成果を出さないと、ハハハ……」








そっか、公務員なんや……
オレ達の税金がそんな事につかわれてたとは…







「あー……ハハハ。じゃ、オレはそろそろ……」


「あ、もう出発ですか?今日はどちらまで行かれるんですか?」


「ん~~………白馬村、だったかな」


「あー!あそこもいい所ですよー!」









行ってんのや
税金で







あー





この歳になってつくづく思うが





もっと勉強しときゃ良かったなー





オレ