ちょこちょこ休憩は取ったにせよ、大阪から下呂温泉まで下道で走って来ればめちゃくちゃ疲れる。


前の記事に書いた通り、オレ自身はそんなに温泉好きという訳ではないが、『温泉に浸かる事で疲労回復するのなら有難い』程度の考えから予約したまで。


ま、地下水を汲み上げて沸かした偽温泉がはびこる世の中だが、アンポンタン連中がクチコミで絶賛する廃墟の湯は一体どんなもんなのか?

それを体験する事だけは非常に楽しみだ。







きしむドアを開けると何故か内側に暖簾が………
いよいよ廃墟の湯の全貌が明かされる。





5歳の頃に引っ越した別府という街は、言わずと知れた温泉街である。

行った事の無い人からすれば信じられないかもしれないが、どの地区でも大体は共同浴場があり、その地区の住民は50円だったり100円だったりで利用出来る他、場所によっては共益費を払って自宅に引いている家もある。

マンションも例外でなく、勿論それぞれの部屋に普通の浴室は付いているのだが、一階には交代で利用出来る掛け流し温泉があるのは珍しくも何ともない事なのだ。

オレは、そんな街に5歳から16歳まで住んでいた。
その間、温泉が好きだった事など一度も無い。

別府は特にそうだが、湯温が熱すぎる。
硫黄の匂いも嫌いだった。
温泉で髪の毛を洗うとバサバサになるのが、思春期の頃は特に嫌だった。
家に普通のシャワーが付いている友達が羨ましかった。

成人し、自費で温泉旅行に行ったのは26くらいの頃だったと思うが、それだって当時の彼女が行きたがったから仕方無しに行っただけだ。

今考えたら贅沢な話だが、子供にとっては温泉なんてそんなものである。





廃墟の湯。当然ながら常に貸切りだった。





「おっ……」



胸元まで浸かった瞬間、結構良い泉質である事はすぐに分かった。

好き嫌いは別として、幼い頃から毎日温泉に浸かってきた人間だ。それくらいの事は肌で分かる。

熱すぎず温すぎずの、丁度良い湯温。
そして、肌にぬるぬるとまとわりつく様な柔らかい泉質。




「あら~、意外やなあ………つーかコレ、今まで入った温泉の中でも割と上位の方に入るぞ……」




温泉マイスターを気取るつもりはないが、熊本の黒川温泉なんかよりは上質の湯だと思う。
分からんもんだな。
こんな廃墟に、こんな良い湯があるなんて。






部屋の洗面所。
このプラコップを使う客がいるんだろうか?







「はあああ~~っ……こりゃ最高やなあ♪」



ボロい浴槽だが、窓を全開にすると半露天風呂風になるのも嬉しいサプライズだ。

マウンテンビューとまでは行かないが、裏山の山上に建つ高そうなホテルを眺める形で脚を伸ばす。

と、よく見るとそんなに離れていない道路から丸見えなんだな、ココ。
観光客らしきオバチャン一行が、こっちを見てキャッキャと笑っているではないか。



「あ……何やオバチャンか、なら別にエエわ」



元から二歳の息子と大して変わらんサイズだ。
これだけ距離があれば、潜望鏡ごっこしたって老眼には分からんだろう。







「キャーッ!アハハハハっ!ごちそうさまーーっ!」





……え!?もしかして見えてるΣ(Д゚;/)/





ま、いっか。





一日一善だ。